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2018年11月09日

その姉妹は確かに存在した。

幼い頃、ちょうど俺が小学生の低学年だった頃、いつも夏になると



母親の実家がある石川県の富来町という所に帰省していた。



富来町というのは、ちょうど能登半島の左側に位置し、交通の便は



とても悪い土地だった。



ただし、子供にとってはまさに宝の山の様な場所であり、カブトムシ、クワガタも



すぐ側の木に普通にとまっていたり、海水浴が出来る海岸も近く、そして釣り場



にも不自由しない。



近くには養豚場も在り、恰好の遊び場になっていたし、遊んでいてお腹が減れば、



すぐ近くの畑に生っているスイカや農作物を食べられた。



実は最初はおっかなびっくりで畑に生っているものを食べたりしていたのだが、



どうやらそれは本当に畑の持ち主も暗黙の了解として、子供が食べる量くらいは



全く気にしていないらしく、万が一見られても、何も言われる事も無かった。



そんな大らかな土地柄が好きなのもあったが、実は其処に行くと必ず会える



女の子がいた。



それは、俺や兄が現地の従兄弟や友達と遊んでいた時、知らない間に遊びに



混ざっていた女の子だった。



ちょうど、俺と同じ位の小学校の低学年くらいの姉妹であり、とても可愛い



女の子達だったのを記憶している。



2人とも真っ白なワンピースを着ており、いつもニコニコと笑っている。



まるで双子のようにそっくりな姉妹は、どちらも甲乙付けがたい位に可愛く



綺麗だった。



そんな女の子達たったから、俺はいつしかその女の子達に好意を抱いていたのかも



しれない。



だから、その年は兄が田舎に帰省しないという事になっても、俺だけは必ず



帰省した。



ただ、一体いつ頃から一緒に遊び始めたのか、と誰も分からなかった。



気が付いた時には一緒に遊んでいた。



そんな感じだった。



いつも俺が夏に帰省すると、その女の子達は、ニコニコと笑って手を振りながら



出迎えてくれた。



ただ、不思議だったのが、その女の子達の姿を誰も学校で目にする事は無かった。



その地域には小学校は1校しか無かった筈である。



それでいて、夏になると、何処からともなく現れて一緒に遊んでいる。



それがとても不思議であり、従兄弟や友達の中には、



もしかしたら・・・・。



という声もあったが、俺は断固として、



きっと、あの子達も俺と同じで何処かから帰省してきてるんだよ!



そう言っていたのをよく覚えている。



しかし、その女の子達は、何故か、女の友達が一緒に遊ぶ時には



絶対に現れなかった。



そんな感じだったから、どうやら地元の女の子達と遊びたかった従兄弟や友達



は、いつしか、その女の子達と遊ぶのを止めてしまった。



それでも、俺は断固としてその女の子達と遊びたかったから、それを貫き通した。



夏休み、帰省している家の従兄弟とは遊ばずに、別の子と遊ぶ。



そんな変な夏休みを俺は過ごしていた。



ただ、実際、その女の子達と3人で遊んでいると、それまで体験した事のない



新しい発見が沢山あった。



教えられた通り、森の中にある小さな穴の中に入ると、そこには広い空間



が広がっていた事も



あったし、山の渓流の側に、誰も知らないような秘密の洞窟がある事も



教えてくれた。



朝から遊び出して、暗くなるまで遊び尽くした。



それでも時間が過ぎるのが速過ぎると思えるほど、その時間はとても楽しく



そして速く流れていった。



そして、俺が帰省先から金沢市に戻らなくてはならない日には、必ず2人の



女の子が、揃って手を振って別れを惜しんでくれた。



だから、俺もその場から離れるのがいつも辛くて仕方なかった。



ただ、当時、俺の祖父が珍しく怖い顔をして話してくれた事はいつも気になっていた。



それは、昔から、その地域には子供の姿をした妖怪が出てきて、子供を何処かに



連れて行ってしまい、そのまま行方不明になった事件が何度もあったというのだ。



勿論、俺は、その話と、女の子達を一緒に考えたりはしなかったが・・・・。



ただ、そのせいか、俺の両親は、必要以上にその事を心配していた様だった。



そして、ある年の二つ休みにこんな事があった。



それは、いつもの様に遊んでいると、俺は不注意からヘビに咬まれてしまった。



そして、それは過去の記憶からマムシに他ならなかった。



山の中、かなり奥までやって来ていた俺は、かなりパニックになっていた。



ただ、その時、マムシに咬まれた俺に近づき、ニコニコしながらマムシに向かって



コラッ・・・。



と軽く叱りつける女の子達。



すると、マムシは俺から離れて、何処かへ消えた。



そして、痛みと不安で一杯の俺がその女の子達の顔を見た時、彼女たちは間違いなく



いつもと変わらぬ笑顔でニコニコと笑っていた。


実は、その笑顔を見た時、とても嫌な寒気がしたのを覚えている。



そして、



大丈夫だよ。ちゃんと一緒に居てあげるから・・・。



そう言ったのを覚えている。



しかし、その後、俺は死ぬ恐怖から、その場で泣きじゃくった。



こんな山奥ではきっと助からない・・・。



そう思うと、涙が止まらなかった。



しかし、それでも、その姉妹はニコニコしながら俺を見ていた。



しかし、俺が、



もうこんな処に来るんじゃなかった・・・。



早く家に帰りたいよ・・・・・。



と言った時、その姉妹から笑顔が消え、



そんな悲しい事言わないで・・・・。



そう言って、俺に近づき、咬まれた足に自分の口をつけて、必死に何かを



してくれた。



それは子供の俺にも、きっと咬まれた毒を吸い出してくれてるんだ・・。



という事はすぐに分かった。



ただし、マムシの毒がそんなに簡単に吸いだせるものではない事も知っていたのだが、



それでも、そうしてもらっていると、何故か助かるような安堵感に包まれて



いったのを覚えている。



そして、それから姉妹と3人で山を下りると、その道すがら、姉妹とは別れた。



まるで今生の別れかのように、姉妹は泣きながら手を振ってくれた。



そして、俺はそのまま母親の実家に走っていき、マムシに咬まれた事を告げた。



急いで病院に行ったのだが、不思議とマムシの毒は、すっかり消えていた。



確かにマムシの咬んだ痕は残っていたが、毒は完全に消えてしまっていた。



医者も両親も不思議がったが、誰よりも俺が不思議だった。



あんな事で、毒が完全に吸いだせるなんて・・・。



あの姉妹はいったい・・・・。



そして、それが、その姉妹との別れになってしまった。





その年は、それからすぐに金沢へ帰ることになったが、その翌年の夏にはしっかりと



帰省し、姉妹の姿を探した。



しかし、どれだけ探しても、姉妹の姿は何処にも見つからなかった。



それだけではない。



数年前まで一緒に遊んでいた筈の、従兄弟や友達達が、その姉妹の事をはっきりと



覚えていなかった。



そんな感じで、その姉妹と会えない事が分かると、俺はもう帰省する楽しみが



無くなってしまい、いつしか富来町に寄り付くことも無くなった。


ただ、あの姉妹からは、祖父が言う様な危険な感じは一切しなかった。



それどころか、俺の幼少期における最も輝いた思い出になっている。



もう誰もその時の事を覚えてはいないのかもしれない。



しかし、俺の足には、マムシに咬まれて出来た傷が今も残っている。



だから、それは夢などではなく紛れもない現実なのだ。



そして、いつか、誰かに聞いた事がある。



座敷童というものは、大人になると見えなくなるのだと・・・。



もしかすると、俺がその姉妹に会えなくなったのは、単に俺が姉妹の姿が



見えなくなっただけなのかもしれない。



ただ、もし叶うなら、もう一度、あの姉妹に会いたい。



そう願ってしまう自分が居る。


Posted by 細田塗料株式会社 at 21:50│Comments(0)
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