2018年11月09日

曰くつきの部屋

これは知人から聞いた話。



彼女はその頃、何をやってもうまくいかなかった。



仕事では会社に大損失を与えてしまい左遷させられ、プライベートでは



結婚を前提に付き合ってきた男性と破局、更に父親と母親が相次いで



他界し、残された兄妹とも仲が悪かった。



正直、もうどうでも良くなっていたのだろう。



そして、ある日、彼女は新しいマンションに引っ越すために



不動産会社を回った。



そして、こう聞いて回ったという。



こちらには曰くつきの部屋はありませんか?と。



確かに、不動産会社には、それなりに曰くつきとまではいかなくても



事故物件くらいは在るのだろうが、どうやら彼女の様子を見て、



どの不動産会社も彼女への紹介を拒んだ。



それというのも、その頃の彼女は、全身から



死にたい!というオーラを醸し出していたようであり、どの不動産会社も



自社管理の物件で自殺されてはたまらない、と考えたのは容易に



想像できる。



そして、その頃の彼女は確かに自殺を考えていた。



もう全てが面倒くさくなってしまっており、いっそ死んでしまえば



楽になる・・・そう考えていた。



だから、その時、引越しを考えていたのも、それまで彼女が住んでいた



マンションが、まだ新しく綺麗であり、同じ棟の住人達も良い人



ばかりだったから、さすがに、そんな所で死んで迷惑をかけるのは



気が引けるという理由からだった。



そして、どうして、曰くつきの物件を探していたのかといえば、



どうせ、自分もすぐに死ぬのだから、その前に本物の幽霊と



いうものを見ておくのも良いかな、と思っての行動だったらしい。



そして、彼女はかなりの数の不動産会社を回った末、ようやく



曰くつきの物件に巡り合う。



その不動産会社は、彼女の妙な申し出に対して、快く応じてくれたという。



そして、一応、現地を確認する為に、そのマンションに連れていって



くれた時も、担当者は部屋には入らず、



私はここで待ってますから・・・。



ご自由にごらんください!



といわれたことで、その部屋がかなり危険な部屋なのだと認識したという。



その部屋は玄関ドアに近づくだけでも、凄い不安感に襲われたという。



そして、両隣の部屋も、その部屋の怪異が影響してか、空室になっていた。



部屋に入ると、何故かとても暗く感じ、季節はもうじき梅雨だと



いうのに、身震いするくらいに寒く感じた。



とても、普通の感覚じゃ住めないだろうな・・・。



彼女はそう感じたのだが、その足で不動産会社に戻ると、すぐに契約を



してしまう。



担当者も少し驚いていたらしいが、そんな曰くつきの部屋こそが、



彼女の望む部屋だったのだから仕方がない。



そして、引越しの際にはそれまでの荷物は殆ど処分して、荷物も



自分で運べる程度にしてしまった。



結果的に、彼女の新居は、家具など何も無く、寝具と調理道具しかない



ガランとした殺風景な部屋になってしまう。



しかし、彼女はそれで良いと思っていた。



どうせ、その部屋は自分が最後を迎えるだけの部屋なのだから、と。



そして、いよいよ生活が始まった。



引越しを済ませて部屋から出てくると、遠巻きに他の部屋の住人達が



彼女を見て何か話していたが、彼女にはその内容は興味が無かった。



好奇の目で見られている・・・。



誰もが忌み嫌う部屋で暮らすのだ、と実感すると、それだけで



不思議と笑えてきて、他のことには興味が沸かなかった。



最初の夜、早速怪異が始まった。



彼女が寝ていると、ふと何かの気配がして目が覚めた。



女がが彼女の布団の横に座っている。



普通は、そうなると恐怖で固まってしまうのだろうが彼女は違っていた。



どうせ、もうすぐ私も死ぬんだから・・。



それに、幽霊に会う為にわざわざこんな部屋を選んだんだから・・・。



そう思った彼女は、おもむろに、その女性の方へと寝返りを打った。



その女はうつむき加減に彼女の方をじっと見つめていた。



さすがに彼女もその醸し出す雰囲気に息を呑んだが、それでも気を取り直して、



こんばんは。



私、○○○○○と言います。



宜しくお願いしますね。



ところで、そこで何をされていらっしゃるんですか?



よく考えると凄いことだが、確かに彼女はそう言ったという。



すると、その女は何の反応も無いまま、そのまま立ち上がると廊下の方へと



消えていった。



彼女は生まれて初めて本物の幽霊を見た事で興奮すると同時に、



今更ながら、遅れて恐怖心が襲ってきた。



しかし、その夜は、そのまま何も起こらないまま朝になった。



そして、次の日の夜。



彼女が布団で寝ていると、急に足を摑まれ彼女は目を覚ました。



とても冷たい手が彼女の足首を掴んでいた。



普通なら、悲鳴をあげるか、気を失うのだろうが、やはり彼女は



違っていた。



むっくりと布団から体を起こすと、足元に昨晩現れた女がうずくまるように



彼女の足元にいた。



だから、彼女は声を掛けたのだという。



こんばんは。



どうせなら、少しお話でもしませんか?と。



すると、その女はゆっくりと立ち上がると、そのまま廊下へと



消えていった。



それからも毎晩、彼女が寝ているとその女は現れた。



ある時は、ふと目を覚ますと女は彼女の横に寝ていたり、またある時は



天井に張り付いたまま首だけを彼女の方に向けて、じっと彼女の顔を



見つめていた。



しかし、死を覚悟してしまうと本当に怖いものなど無くなるのかもしれない。



彼女はその度に怯えることなく、その女に優しく語りかけた。



そして、ある夜、彼女が寝ているとふと重さを感じて目を覚ました。



すると、いつもの女が彼女に覆いかぶさるように布団の上から馬乗りになり



彼女の首に手をかけていた。



そして、その女の顔が近づいてくると同時に、彼女の首にかけられた



両手に力が入るのが分かった。



その時は、彼女は何故か泣いてしまったという。



悲しいわけでもなく、怖いわけでもなかった。



ただ、これで自分の人生も終わるのかな、と思うと不思議に涙が



こぼれてきたのだという。



そして、彼女はこう言った。



どうせ自分で死のうと思っていたのだから、どうぞ!と。



その言葉を聞いたとき、その女は表情こそ変わらなかったが、首を



何度も横に振ったという。



そして、彼女の上から起き上がると、また、そのまま廊下へと消えていった。



それから、何かが変わった様な気がしたという。



それから、その女は気が付くと明るいうちから彼女の前に



現れるようになった。



料理をしていると、気が付くと横に立ってその調理を見つめていた。



風呂に入っていると、ドアの向こうに立っているのが分かった。



廊下に立っている時などは彼女がお辞儀しながら通ると、それに



呼応するかのように、その女もお辞儀をしたように見えた。



そして、ある時、しつこい新聞の勧誘がやってきたとき、彼女は



部屋の中でじっと音を出さないようにしていたらしいが、突然、



その勧誘員が、大声で悲鳴をあげて逃げ帰っていくのが聞こえた。



その時、彼女は気付いたという。



その女が、新聞の勧誘員を追い返してくれたのだと・・・・。



だから、彼女は、その時は姿を現していない女に向けて、正座し



お辞儀をして、



ありがとうございました。



本当に怖かったので助かりました!



とお礼を言ったのだという。



そして、それからは、毎日、仕事に出掛ける前には、部屋の中に



クラスに入れたワインを置いて出掛けた。



日本酒の方が良いのかな、とも思ったらしいが彼女は日本酒は



飲めないので部屋にはワインしか置いてなかったから・・・。



それでも、何日間がそれを続けると、初めてはまったく減っていなかった



グラスの中のワインが少し減っていることに気付いた。



ワインも飲めるんだ!



彼女は嬉しくなって、仕事の帰りに安いワインを買い込んできて、



グラスをふたつ用意し、ひれびれにワインを注いだ後、1つは自分の前に、



そして、もう1つはテーブルの向こう側に置いた。



すると、ふと気付くと、ワインは間違いなく減っていた。



そんな時、その女は決して姿を現さなかったらしいが、それでも彼女は、



見えない女に向かって、



このワイン、美味しいでしょ?とか



このワイン、イマイチだよね~



と話しかけるようになった。



そんな生活を続けていると、会社で同僚に、



何か変な匂いしない?



お線香みたいな・・・。



と言われることもあったが、彼女は全く気に留めなかった。



そんなある日、彼女は、仕事で他人のミスを彼女に押し付けられる



事件が起こった。



本来ミスしたのは、彼女の上司であり、回りの人間は当然、その上司の言い分を



信用してしまったらしい。



しかも、そのミスというのが、会社に対して多大な迷惑を掛けてしまう



ものであり、金銭の不正授受さえも疑われるものだった。



彼女は、本当に絶望したのだろう・・・。



その夜、部屋に戻ると、服を着替えず、そのまま浴室に行き、お湯を溜めて



手首を切ろうとした。



自殺などした事もなかったので、彼女は以前、ネットで調べたように、



手首の太い血管をしっかりと切れるようにと大型のカッターナイフを



用意し、そのまま手首をお湯に入れて死のうと考えた。



そして、お湯が良くそうに溜まり、カッターナイフを持って手首に当てようと



したところで、急に誰かの手が伸びてきて、彼女の手を掴んだ。



その手は、いつもの女の手だった。



そこには、悲しそうな目で彼女を見つめながら、何度も首を横に振り続ける



女の姿があった。



その時、彼女は、間近で見るその女の顔がとても美人なのだと気付いたという。



そして、必死に首を横に振り続けている女を見ていると、とめどなく



大粒の涙が流れてきた。



そして、まるで子供のように大泣きしてしまっている彼女を見つめる



女の顔はとても優しい顔に感じたという。



自殺を止められた事に怒りは感じなかった。



それよりも、くだらない現実に振り回されて自殺までしようとしている



自分を情けなく感じると同時に、今度は自殺など、どうでも良くなった。



自分には、幽霊だとしても心配してくれる人がいる・・・。



それが、とても嬉しくて仕方なかった。



そして、それから彼女は確実に変わった。



明るく誰とでもうまく付き合えるようになった。



仕事など人生のごく一部なのだと悟ると、嫌なことがあっても全てを



受け入れられるようになった。



それも、全て、彼女に帰るべき場所が出来たからなのかもしれない。



相変わらず、彼女の住む部屋は、曰くつきの部屋だと近隣からは恐れられて



いるようだが、それが、今の彼女には可笑しくて仕方ないのだという。



今では、彼女は毎朝、出掛ける前にグラスワインとメモ帳に手紙を



書いて出掛けるのだという。



すると、ワインが美味しかった日には、○、不味かった日には×が



うっすらと書かれているらしく、それが彼女には嬉しくて堪らないらしい。



そして、相変わらず、昼夜問わず、その部屋に現れるその女だが、



明るくなり、友達も沢山増えた彼女が友達を連れてきた時には決して



姿を現さなければ怪異も起こさないそうである。



だから、最後にこう聞いてみた。



でも、いつまでも、その部屋に居る訳にもいかないんじゃないの?と。



すると、彼女は即答で返してきた。



いいえ、私はずっとこの部屋で暮らすつもりですよ。



結婚するとしても、この部屋で良いという男性としか結婚しませんから。



だって、あの女の人がワインを飲めなくなったら可哀想ですから!



そう嬉しそうに話してくれた。



Posted by 細田塗料株式会社 at 23:02│Comments(0)
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