2018年11月09日

時間が止まった場所

これは知人から聞いた話である。



彼女はその頃、完全に自暴自棄になっていたのだという。



彼女は東京に住んでいた。



それは彼女が望んだ事ではなく、生きる為の唯一の選択だった。



元々は北陸のとある県に生まれ、大学を出るまではずっと家族と



一緒に生活していた。



その生活はとても温かく居心地も良かったし彼女にとっては、



まさに幸せな生活。



その時には、それに気付いてもいなかったが・・・・。



彼女の家族は、公務員の父親とパートで働く母親、そして



2歳離れた兄が1人いた。



たまに喧嘩する事もあったが、それでも家族は優しく誰よりも



彼女を理解してくれていたし、彼女は、その生活がずっと



続くものだと確信していた。



当たり前のように・・・。



しかし、彼女が大学生の時、兄が事故で他界した。



横断歩道を歩いていて、信号を全く見ていなかった年配女性の



車にノーブレーキで撥ね飛ばされた。



即死だったという。



年配女性は、訳のわからない理屈を並べて自分を正当化しようと



していたらしいが、業務上過失致死は免れず、交通刑務所に入る



だろうと思われていた。



しかし、その後の調べで、その事故は、兄の方から突然、車に



飛び込んでいった自殺だと判明する。



そこから家族の歯車が狂いだす。



長男である兄は成績も優秀で誰とでも仲良く接していた。



両親にとっても自慢の息子だったのだろう。



それ故、事故で死んだのではなく、自殺したという事実が



家族それぞれに重く圧し掛かっていた。



どうして自殺しなければいけなかったのか?



一体誰に責任があるのか?



そういった事も、家族間に不協和音をもたらした。



父親は仕事を休む様になってしまい、母親もパートを辞めた。



確かに兄が亡くなって、それなりの保険金が支払われ



金銭的には働かなくても生活には何ら支障は無かったのだが。



ただ、それまでの明るく真面目な両親は彼女の自慢でもあったから、



その変わり様は彼女にはとても悲しいものだった。



そして、ある日、彼女の母親が行方不明になった。



パートも辞めてしまった母親は、毎日テレビ漬けの生活を送っていたが、



ある日、



ちょっと旅行してくる…と言って家を出て行き、そのまま行方不明になった。



警察に捜索願も出したらしいが、行方は全く分からず・・・・。



そして、それから1年後、母親の遺体が発見された。



服毒自殺だったという。



遺体は酷く腐乱しており、直視すら出来ない状態だったが、その傍らには



父親と彼女に宛てたと見られる遺書らしきものが置かれていた。



あの子に会いに行きます・・・・。



そう書かれていたという。



母が自殺した事は勿論、悲しかったが、それ以上に、彼女や父親



に、一言も書く残してくれなかった事が、それ以上に辛かった。



そして、母親の自殺が判明して以来、父親の様子もおかしくなった。



毎日、パチンコに明け暮れ、家に帰ると、



死にたい・・・死にたい・・・・・。



と口走っていたという。



彼女にとっては最後に残った家族である。



父親にまで死なれては、自分も生きてはいけない、と思った彼女は



大学の授業が無い時には、出来るだけと父親と一緒に過ごす様に



努めた。



そして、父親も彼女に対して、



お前たけがお父さんの生き甲斐なんだから・・・・。



と毎日のように言ってくれた。



しかし、ある日、彼女が家に帰ると、テーブルの上に置手紙が置かれていた。



少し一人になって考えたい・・・。



そう書かれていた。



彼女は半狂乱になって警察に助けを求めた。



しかし、捜索も虚しく、3日後に森の中で首を吊っているのが発見された。



傍らには遺書が置かれており、



○○と母さんに会いに行く・・・・。



そう書かれていた。



またしても、彼女には一言も残してはくれなかった。



彼女は家族とは何なのかと、分からなくなった。



そして、自分の存在価値とは何なのか?と。



あまりの悲しみに涙は全く流さなかった。



そして、彼女は決まっていた地元の就職を辞退し東京に出た。



もう考える事自体が嫌になっていた。



かといって、自分には自殺する勇気など無い。



だから、東京に出た。



東京なら、たくさんの人間の中に紛れ込んだ様にただ流される様に



生きる事が出来ると思った。



男ばかりの危険な仕事をあえて選び、汚いアパートに住んだ。



自暴自棄になっていた彼女に怖いものは無かった。



本能と欲望のままに生きた。



危険な仕事も怖いと思った事は無かった。



自殺こそする勇気は無かったが、事故でこの世を去れるのであれば、



それはそれで全然構わないと思っていた。



いや、むしろ、それを願っていたのかもしれない。



あえて誰もしたがらない危険な仕事を率先してやった。



彼女は仕事でも誰とも喋らず、友達も作らず、当然彼氏などいない。



部屋にも家具は最低限しか置かず、毎日、コンビニの弁当だけで



生活していた。



それは、いつ自分が死んでも大丈夫なように・・・。



死ぬのならば、極力、誰にも迷惑は掛けたくない・・・。



そんな気持ちが彼女の生活の根幹にあった。



彼女は自殺する勇気も無い自分をいつも情けなく思いながら、



早く家族が迎えに来てくれる事ばかりを祈っていた。



そんな彼女が久しぶりの休日ももらい、久しぶりに外に出た



時の事だ。



その時、いっそのこと、自殺出来そうな場所は無いものか、と



ふらふらと街を徘徊していたという。



しかし、飛び降り、飛び込み、首吊り、リストカット、服毒、



睡眠薬、一酸化炭素・・・。



そのどれもが彼女にとっては恐ろしいものであり、そんな彼女に



自殺を決断させる場所など、何処にも存在しなかった。



彼女がそうして歩いていると、知らぬ間に、下町の中に入っていった。



そこは、間近いなく東京なのだが、何故か家族で暮らした故郷の



街並みに似ている・・・。



そう感じたという。



だから、彼女は、そのまま町中を歩き続け、自分の生家に似ている家を



探そうと思った。



何故かその時、その街中には人の姿は誰も見えず、ただ家並みが



続いているだけだったという。



まるで夢の中にでも迷い込んだ様な気分だった。



そこには誰もいないが、間違いなく彼女が幼少の頃に見た街並みが



生活感を伴って、其処に存在していたのだから。



そして、歩き続けた彼女は、街並みを抜けた所で思わず息を呑んだ。



そこには、彼女が生まれ育った家とそっくりな家が目の前に



立っていた。



いや、そっくりというレベルではなく、間違いなく彼女が生まれ育った



家そのものだった。



彼女は導かれるように、その家の玄関の前に立った。



そして、ゆっくりと静かに玄関の引き戸を開いた。



え?



思わず声が出てしまった。



玄関の引き戸を開けた時、彼女の眼に飛び込んできたのは、紛れもなく



彼女の生家とそっくりな景色だった。



小さな玄関と奥に続く長い廊下、そして、廊下の横にある部屋の間取りも



寸分違わず、彼女が生まれ育った家そのものだった。



玄関に置かれた小さな下駄箱、そして、その上に置かれた金魚鉢・・・。



そして、何より家の中から漂う匂いも、彼女がずっと嗅いできた



匂いだった。



だから、彼女は思ったという。



もしかすると、此処でなら私は死ねるのかもしれない・・・。



いや、死ななければいけないのだ・・・・と。



最後に神様が自分にとってまかけがえのない時間を再び見せて



くれているのかもしれない、と。



もう彼女を止めるものは何も無かった。



一応、ごめんください、とは声をかけたが、彼女はそのまま靴を



脱ぐと勝手に家の中に入っていく。



長い廊下をまっすぐに進み、右手にある部屋を目指した。



そこが彼女の生家ならば、そこには居間が在るはずだから・・・。



そして、右手の部屋の襖を開けた。



彼女は思わず息を呑んだまま固まった。



彼女が幼少から過ごしてきた居間が、そこには在った。



そして、居間には、紛れもなく、彼女の両親と兄がテーブルを



囲んで座っていた。



それは以前、間違いなく存在していた理想の幸せそのものだった。



そして、驚いたまま固まっている彼女に、



おかえり!



と明るい声をかけてくれた。



それでも、何が起こっているのか、いまだに理解出来ない彼女に



早く座りなさい!



もう夕飯の時間だから・・・。



そう声をかけてくれた。



彼女はそのままテーブルの空いている場所に座った。



家族なのに、何故か照れくさく感じてしまった。



そして、母親の、



それじゃ、すぐ用意しますからね!



と言う声に反応して彼女も母親と一緒に台所へ向かった。



母親は彼女に、手ほどきするように、煮物の作り方やみそ汁の作り方を



教えてくれたという。



彼女にとっては夢のような時間だったという。



昔から憧れていた時間がそこに在った。



そして、料理が出来上がると、母親と一緒にテーブルに運んだ。



おお・・美味しそうだな!



もうお腹空き過ぎちゃって・・・。



という父親と兄の言葉が妙に照れくさく感じた。



そして、家族団らんで食事を済ませた。



食事の間は、家族が皆それぞれに、その日あった事を話したが、



彼女には何も話すことが無く、ただ、話を聞くだけだった。



ただ、時には笑いながら話す出来事は、聞いているだけでも



十分、彼女を幸せにしてくれた。



そして、食事を済ませ、テレビを点けようしした時、彼女は思わず



こう口にした。



やっぱり家族といるのが幸せだね。



だから、私もずっと此処に居ても良いかな?と。



すると、テレビを点けようとしていた父親がそのまま振り向くと



黙って首を振った。



そして、それに呼応する様に母親も兄も首を横に振った。



それからはしばらく沈黙が続いた。



彼女は思わず叫んだ。



どうして、私だけ残されなくちゃいけないの!



私だって、家族なのに・・・。



それは彼女がずっと心の中に抱いていた心からの言葉に



他ならなかった。



だから、彼女はこう続けた。



誰も私なんかを必要としていない・・・。



だから、これからもずっと一人ぼっちで生きていかなくちゃ



いけないのに・・・。



私にも自殺する勇気があったら、こんなに辛くないのに・・・。



彼女は泣きながらずっと心の奥底に隠していた気持ちを吐露した。



そして、再び、家族の顔を見ると、家族は皆、悲しそうな顔をして



やはり首を横に振っていた。



そして、母親がこう言った。



自殺する事は決して勇気がある行為じゃないの・・・。



辛さに立ち向かう勇気が無かったから自殺してしまった・・・。



でも、自殺しても少しも楽にはならなかった・・・。



今気付いても遅いんだけど・・・。



本当に情けないよね・・・。



そして、あんたをこんなにも苦しめてしまって・・・。



だから、こんな私達が言えるべき言葉ではないのかもしれないけど、



あなたには生きて欲しい・・・。



私達の分まで・・・。



あんたは昔からとても強い子だったから・・・きっと大丈夫!



今の辛さなんて、すぐに取り払えるよ。



心の壁さえ取り払ってしまえば・・・。



あんたは、自分から一人ぼっちになってるだけ・・・。



それに、この世の中に必要とされていない人間なんて



1人もいないんだから。



だから、私達の夢をあんたに託したい・・・。



私達の幸せは自ら壊してしまったけど、あんたなら大丈夫だよ・・。



私達と同じ過ちは繰り返して欲しくない・・・・る



幸せになって・・・。



幸せな家庭を作って・・・。



誰にでもその権利はあるの・・・。



勿論、あんたにだって・・・。



だから、明日になったら、また元の姿に戻って欲しい・・。



私達はずっとあんたの幸せを祈りながら見守っているから・・・。



そう言われた。



彼女は、何を今更・・・という気持ちになったが、それでもその時



目の前にある幸せを失いたくは無かったから、それを声にはしなかった。



それから、まるで、何も無かったかのように父親がテレビをつけると



家族全員が、テレビに見入った。



何を放送していたのかすら覚えていなかったが、それでも、不思議と



テレビって良いものだな、と感じた。



家族は誰も喋らなかったが、それでもテレビをつけているだけで



家族がひとつになれている気がした。



そして、そのまま夜が更けると、居間に4人分の布団を敷いて



家族が一塊になって寝た。



まるで、幼い頃の様な光景に彼女は少し照れくさかったが、それでも



言葉に出来ないような幸せを感じていた。



そして、電気を消してから、彼女は、母親、父親、兄に、それぞれ



声を掛けた。



起きてる?どこにも行かないでよ・・・・と。



すると、母親の手が伸びてきて彼女の頭を撫でてくれた。



そして、彼女は知らぬ間に深い眠りに落ちた。



それほど深く眠れたのは本当に久しぶりだった。



そして、積年の疲れや辛さが少しずつ緩和されていく様な



気がしていた。



そして、気が付いた時、既に朝になっており、彼女はハッとして



飛び起きた。



そこは、彼女のいつものアパートだった。



そして、見渡してみたが、そこには家族の姿は無かった。



やっぱり連れていってはくれなかったんだ・・・。



そう思った時、彼女は不安になると同時に、昨夜体験した幸せな



時間を思い出したという。



もしかしたら、私に家族団らんの幸せを思い出せる為に、みんなが



出てきてくれたのかも・・・。



そう思うと、何か熱いものがこみ上げてきて、彼女は大泣きした。



そして、泣き止んだ時、彼女には少しの希望が蘇っていた。



まだ、間に合うのかな・・・。



そう思える自分が、とても不思議に感じたという。



それから、彼女は、東京から金沢に引っ越してきて現在に至る。



すぐに友達が沢山出来て仕事にも恵まれた。



そして、今では、、同い年の夫と、長男と長女の4人家族



で暮らしている。



ちょうど、彼女が失った家族と同じ構成で・・・。



だから、この家族だけは何があっても守り抜かなきゃ!



彼女は力強く、そう言ってくれた。



Posted by 細田塗料株式会社 at 23:41│Comments(0)
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