2018年11月10日

スローモーション

これは俺の知人が体験した話。



彼は公務員の40代。



妻を数年前に病気で亡くし、現在は中学生の娘さん二人と暮らしている。



家は金沢市南部の郊外にあり、平屋ながらかなり立派な家に住んでいる。



家を平屋にしたのは、ちょうど家を建てようと決断した時に、奥さんの



病気が判明し、どんどんと体の自由が利かなくなっていく奥さんの為に



階段を上り下りする必要の無い平屋の家屋にしたということだ。



そして、彼がそれを体験したのは、奥さんが亡くなった痛手から



立ち直りつつある、今から2年ほど前だった。



その夜は翌日が休みということもあり、彼は自宅の自室で、趣味である



模型造りに没頭していた。



元々は無趣味の彼だったが、奥さんが亡くなった際、悲しみに暮れている時、



このままじゃいけない、と感じた友人から奨められたのだという。



そして、模型を作ってみると、その作業に没頭している間だけは、



悲しみを忘れられたし、何も余計な事を考えずに済んだ。



だから、それからの彼は暇さえあると、新しい模型を買ってきては、



丁寧に造りこみをする、という様になった。



そして、その時は飛行機の模型を作っていたそうだ。



いつもと変わらぬ静かな夜。



少しのどの渇きを感じた彼は、キッチンにある冷蔵庫に飲み物を



取りに行こうとしたらしい。



部屋を出ると、どうやら娘さんたちは既に眠っているらしく、向かいの



部屋の電気はどちらも消えていた。



彼は出来るだけ音を立てない様にしながら、明かりをつけキッチンへと



向かった。



時刻は既に午前2時を回っていた。



キッチンに行き、電気をつけて冷蔵庫を開ける。



中には彼が常備している炭酸水がきちんと並べられて入っており、彼は



その中の1本を手に取った。



そして、キャップを外し、一気に半分ほど飲んでから自室に戻ろうとした。



キッチンの明かりを消し、廊下へ出ようとした。



その時、彼は思わず、固まったという。



廊下には、白装束を着た女が、上の娘さんの部屋のドアを開けて、



じっと中を見ていた。



その時、彼はこう思った。



もしかしたら、死んだ妻が、娘たちに会いに来てくれたのかもしれない、と。



だから、彼はその女性の横顔をじっと見つめた。



しかし、どう見ても亡くなった奥さんには見えなかったという。



妻じゃないとしたらいったい誰なんだ?



彼は、その女の横顔をじっと見続けた。



女は、笑みをうっすらと浮かべた状態で、娘さんの部屋の中に



顔を突っ込んでいく。



そして、再び、女の顔が廊下へと戻ってきた時、女の顔は、優しい笑み



ではなく、何か得体の知れない不気味なものに変わっていた。



彼は思わず、その顔を見て恐怖した。



その顔は、彼にとって見たこともない顔だったし、何より娘に対して



何かをしようと企んでいるのが、本当的に分かったという。



しかし、彼は恐怖で動けなかった。



顔を背ける事も出来ず、ただ、呆然と見つめ続けるしか出来なかった。



その時、女の顔が変化した。



横顔でも、しっかりと分かるくらいに、口が大きく開き、下顎が



下に下がっていく。



そして、顔の半分以上を、口から下の部分で占めてしまうほどの



異形になり、その顔の長さは、バケモノそのものだった。



そして、その女は次の瞬間、突然、彼の方に顔を向けると、ニッと



笑って見せた。



その笑みは、決して友好的なものではなく、とても危険なものに感じた。



まさに、これから自分が起こす事を、そこで見ていろ・・・・。



そう言っている様な顔だった。



そして、その顔を見た時、彼の中の恐怖は、娘を護らなければ、という



思いにかき消された。



だから、彼は急いで娘の部屋へ助けにいこうとした。



しかし、その時、異変に気付く。



体が侭ならないのだ。



動かないというのではないのだが、自分の意思に反して、まるで



スローモーションの様な動きしか出来なかった。



あれ?・・・・・なんでだ?



彼は慌てて、それでも必死で娘さんの部屋へと全力で向かった。



そして、そんな彼の動きを確認したかのように、その女は、素早い動き



で娘さんの部屋に入っていった。



必死で娘を起こそうと大声を出そうとするが、声すら出なかった。



彼の頭の中は不安でいっぱいになっていた。



娘が何かされたら・・・・。



もしも、そのまま連れて行かれてしまったとしたら・・・・。



不安はどんどん大きくなっていく。



その時、彼はあることに気付いた。



それは彼が点けておいた筈の廊下の明かりが消えているという事。



彼は、スローモーションの様な動きのまま、必死で明かりのスイッチ



を目で探る。



すると、動きが遅くなっているのが、幸いしてか、彼が今、立っている



場所のすぐ横にあった。



彼は、緩慢な動きでスイッチに手を伸ばし、何とか廊下の明かりを



点けた。



すると、まるで呪縛から解き放たれる様に、突然、体の自由が



戻った。



彼は、一気に廊下を走ると、勢い良く娘の部屋になだれ込んだ。



そこには、覆いかぶさる様にして、娘の顔をギラギラした目で



見つめている女の姿があった。



彼は、それまでの鬱憤を晴らすかのように、大声で、



貴様!・・・何してる!



そう叫んだ。



しかし、女はいっこうに動ずる様子もなく、今度は娘の顔に自分の



顔を近づけていく。



娘は、先ほどの大声でも全く起きる素振りはなく、それどころか、



どこか、ぐったりしているように見えた。



それを見た、彼は、娘に張り付いている女を引き剥がそうと、女に



近づいた。



すると、その時、声が聞こえたという。



ありがとう・・・・。



だいじょうぶ・・・・。



そう聞こえたという。



そして、その声は紛れもなく、亡くなった妻の声に聞こえた。



突然、女は強い力で、弾き飛ばされるように娘から離れた。



そして、そのままその女は何かに苦しみだす。



まるで、見えない誰かに、首を絞められているかのように・・・・。



そして、突然、彼の方を見た女は、恨めしそうな顔を浮かべると、



そのままゆっくりと消えていった。



そして、また、妻の声が聞こえた。



ありがと・・・。



もうだいじょうぶだから・・・・・。



そう聞こえた。



彼は、急いで、娘さんを揺り起こすと、しばらくして蘇生するかのように



娘さんは、息を吹き返すように目を開けた。



何も憶えていないということだった。



ただ、寝ていてとても苦しかった、と。



そして、娘さんに対して、もう一度、朝まで寝るように言ってから、彼は



そのままキッチンの横のリビングで朝まで起きて番をした。



それは、娘さんが心配だったから、というのもあるのだが、その時の



彼は、亡くなった妻が、すぐ側にいてくれている様な気がして、



嬉しくて寝られなかったのだという。



ちなみに、その夜に起こった怪異に関しては娘さんには一切話していない。



そして、俺が、



何か力になれることがあれば言ってくれ、と言うと、彼は



いや、大丈夫だよ!



この家は、そして家族は、今でも妻が護ってくれている事が分かったから。



そう言って彼は嬉しそうに笑った。


Posted by 細田塗料株式会社 at 00:14│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

count