2018年11月10日

洞窟

これは友人の身に起こった話である。



友人は自称『ネイチャリスト』



仕事が、経理ということで、殆どが会社内での勤務になる。



そのせいなのだろう。



休みになると家族そっちのけで、1人で荷物を持って大自然の中へと



出かけていく。



釣り、キャンプ、登山、ボート・・・・・。



そのどれもが彼の欲求を満たしてくれるものらしいが、彼が最も



好きなのは、洞窟探検。



あえて、探検と書いたのは、彼が誰も入った事の無い洞窟に固執



しており、観光地化された洞窟や、誰かが既に入った事のある



洞窟には一切興味を示さないからである。



どうしてわざわざそんな洞窟に入るのか?と俺は聞いた事があった。



すると、彼は、



洞窟の中には、普通では体験できない様な素晴らしい事や辛い事が



体験できる。



そして、当然、携帯電話も繋がらないから、助けを呼ぶことも出来ない。



全ては、自分自身に掛って来る。



死ぬのも、脱出して生き残るのも全て自分の判断と体力。



だから、無事に脱出出来ようが、そのまま出て来られなくなったとしても、



誰に感謝されることも無ければ、恨まれることも無い。



そして、なんとか無事に自宅へ戻った時の安ど感と幸福感が堪らない



のだと、笑いながら答えてくれた。



だから、彼は敢えて大荷物を持って洞窟には入らない。



必要最低限の物だけを身に付けて洞窟の中へと入っていく。



洞窟には、本当に色々なものがあり、どこまで続いているのか、分からない



程の長いものから、入ってから数メートルで突き当たってしまう洞窟も



ある。



そして、そのどれもが、彼にとっては素晴らしい時間を与えてくれるものらしい。



その日も彼は、同じ洞窟マニアの仲間から教えて貰った場所に出かけた。



何故見つけたその人が入らなかったのかといえば、その入口がとても



小さな穴だったから・・・。



俺などは、洞窟といえば、大きな横穴が口を開けているものを想像して



しまうが、そういう洞窟は間違いなく誰かが既に入っているらしい。



だから、敢えて、彼は小さな横穴をターゲットにしている。



その穴の中に風の流れを感じられれば、その中には洞窟といえる



空間が広がっている事が多いのだという。



彼は、教えて貰った横穴に到着すると、侵入する準備を始めた。



それにしても、小さな穴だったが、確かに内部からは空気の流れが



感じられた。



彼は、思わず嬉しくなってしまい、早速、横穴に体を通し始めた。



体がなかなか通らず横や斜めに捻ったりしながら、ようやく



通る事が出来たという。



穴の中は、外の暑さとは別世界の涼しさに包まれていた。



彼は、ヘルメットを被り、その前方に付いているライトを点けた。



そこには、狭いが、外の道とは逆の方向へと空間が続いていたという。



結構長そうだな・・・・。



彼は、はやる気持ちを抑えながら慎重に前方へと進んだ。



足もとが濡れているのか、歩くとピチャピチャと水の音がした。



ヘルメットに取り付けられているライトは、ある意味、探検の命綱



だから、かなりしっかりした造りの強力なモノが付けられていた。



それを点灯すれば、狭い場所なら一気に明りに包まれる。



そこには狭いながらも、しっかりとした岩盤の穴が続いている。



そこで彼は意外なものを発見した。



それは岩肌に彫られた矢印のような痕。



まさかと思い、足元を照らすが、やはり誰の足跡も残ってはいない。



まさか、こんな穴の中に誰かがいる筈がないじゃないか・・・。



あの矢印だって、きっと自然に、そして偶然矢印の形についてしまった



傷に違いない・・・。



彼は自分に言い聞かせた。



そして、ゆっくりと前へと進んでいった。



しばらくすると、横穴は其処で終わっており、その地面に小さな縦穴が



ある事に気づいた。



しかし、彼はそこでまた疑問を感じた。



普通、横穴が終った地点に、都合よく縦穴が続いている事など稀だった。



しかも、その穴は、ここが降り口です、と言わんばかりに分かり易い



場所にポッカリと開いている。



もしも、そんなものがあったとしたら、それは人為的に作られた道の



場合が殆どだった。



彼は何か嫌な予感がしたという。



もしも、この洞窟が前人未到のものでないのだとしたら、彼の興味は



半減してしまう。



だから、さっさと引き返そうか、それとも、このまま探索を続けるか、



迷ってしまった、という。



と、その時、突然、



うおーん・・・・うおーん・・・・



という声が聞こえた。



それは動物というよりも、人間の声色に近かった。



それが、彼の興味を再び掻き立ててしまう。



彼は、荷物の中からロープを取り出すと、その片方を地面に打ち付けた金具



に固定し、その反対側を自分の体の金具に取り付けた。



そして、慎重に穴を降りていく。



穴の下には、想像していた以上にとても広い空間が広がっていた。



高さにして3メートル位。



そこをロープを使って慎重に降りていく。



下に着いた時、彼の足には、グチャっといういやな感覚が伝わってきた。



思わず、下を照らすと、そこには何か生き物の死体が散乱していた。



ネズミ、虫、コウモリ、そのどれもが腐って地面を覆っていた。



なんで、こんなに沢山の生き物が死んでるんだ?



彼は、もしかして有毒ガスでも充満してるのではないか、と一瞬



頭をよぎったが、どうも、そうではないらしい。



彼は今度は、縦横それぞれ3メートルくらいあるひろい空間を



歩いていく事になった。



ライトで前方を照らすが、相変わらず生き物がいる気配は無い。



すると、前方に光るものが見えた。



近づいていくと、それは大きな水溜りだった。



しかし、水溜まりというにはあまりにも大きく、深い緑色の液体で



満たされている。



彼は前へと進むため、その大きな水溜りの中に入っていった。



深さが分からなかったから、慎重に進んだ。



結局、その水溜りは彼の腰の辺りまでの深さしかなく彼は無事にその水溜りを



通過する事が出来た。



すると、その時、突然、大きな音が聞こえてきた。



うおーん・・・・うおーん・・・・・。



先ほど、聞こえてきた声に間違いなかった。



そして、それは彼がこれから進む前方から聞こえてくる。



彼は何処かに身を隠そうと思った。



しかし、すぐにそれを止めた。



その声からは、得体のしれない危険なものが感じられた。



だから、彼は本能的に隠れるのではなく逃げる事を選択した。



その声は足音も無く、ゆっくりと、そして確実にこちらに近づいていた。



彼は、先ほど降りてきたロープを上ろうか、とも思ったが、そんな猶予は



無いのは明らかだった。



彼はヘルメットに付いているライトだけではなく、腰にぶら下げていた



大きなライトを使って、どこかに逃げ道がないかと必死で探した。



生きた心地がしなかったという。



普通の人間なら不可能だったかもしれない。



しかし、彼はそれまでの洞窟探索で幾度となく危険な目に遭い、そして



幾度も命をかけた判断で、その窮地を乗り越えてきた。



その場数が自信となり、彼を支えていた。



すると、彼の居る場所の後方に小さな穴を見つけた。



彼は、迷うことなくその穴に体を入れた。



とても細い穴だった。



体が通る大きさは無い様に感じられた。



しかし、表面が濡れているのか、体を色んな角度に曲げたりしていると、



スルッスルッと体が穴の奥まで入っていった。



途中、どうしても足が抜けない場所があったが、力任せに体をこじると、



なんとか足も抜けてくれた。



それはとても長い時間に感じた。



もしも、体が抜けなくなったら・・・・。



そんな事も一瞬考えたが、そんな事を考えてしまっては頭がパニック



になってしまう事はそれまでの経験でよく分かっていた。



そして、約5メートルほどの細い横穴を通り抜けると、彼の体は



突然、広い場所に落ちたという。



縦横が2メートル位ある長方形の空間。



そこは、まるで部屋の様になっており、入口も出口も無かった。



ただ、綺麗に整えられた岩肌が、そこが部屋なのだと彼に教えていた。



彼はライトで辺りを照らした。



そして、そこで信じられないものを見つけてしまう。



祠だった。



山の中で見かける事はあっても、洞窟の、しかもこんな深く狭い洞窟で



見かける事は絶対にないものだった。



しかも、彼にしても、その空間に辿りつけたのはかなりの奇跡だった。



しかし、それは、どこから見ても祠にしか見えない。



俺が初めての人間じゃなかったのか・・・・・。



祠があるって事は、誰かが居るという事・・・・。



彼は、その時、自分が人類未踏の洞窟を探索していたのではなかったという



事実に落胆すると同時に、それでは、入口も出口も無いこんな場所に



祠を造って、いったい誰がやってくるのか?という事を考え、急に



恐ろしくなった。



その祠は、とても古いものらしく、それでもしかりと手入れはされているのか、



綺麗な状態を保っていた。



しかし、どれだけ探しても、その岩で出来た部屋には、入口も出口も



無いのは間違いなかった。



水が岩肌に当たって、ぴちゃっという音だけがその部屋の中に響いていた。



部屋の中には空気の動きも全く感じられなかった。



彼は考えた。



どうする?



今、自分が通って来た道を戻る自信は彼には無かった。



もしかしたら、この部屋は、どこかに隠し扉でもあって、何処かの



村人が出入りできる様になっているのかも・・・。



一瞬、そんな事も考えたが、それは馬鹿げた考えだった。



待っていても仕方ない・・・。



彼は、今通って来た細い穴を使って戻る決意をした。



そして、穴の方へと体を向けた時、彼は思わず固まった。



その細い穴の向こうから、



うおーん・・・・・うおーん・・・・・。



という声が聞こえてきた。



さっきの奴だ・・・・。



彼は必死に耳に全神経を集中させる。



すると、その声は確実に、彼が居る空間の方へと近づいてきている



のが分かった。



彼は、もう生きた心地はしなかった。



もう逃げ場は無い。



決断しようにも、選択肢というものが思い浮かばなかった。



そうしているうちにも、その声はどんどんと彼の方へと近づいてくる。



彼は、その時、本当に無意識に行動したという。



突然、ライトを消した彼は、そのまま祠に寄っていき、祠を抱きかかえる



様にして必死にお経のようなものを唱えたという。



勿論、彼は宗教など信仰してはいなかったし興味も無かった。



ただ、その時は、そうすれぱ、もしかしたら助かる見込みが1パーセント



位はあるかもしれない・・・・。



何故か、そう思ったのだという。



彼は必死に、眼をつぶって、うろ覚えのお経らしきものを必死で唱えた。



しかし、何かが、彼の居る空間にベチャっと落ちる音がした時、彼は



何も口から発せられなくなったという。



そして、何かがゆっくりと彼の方に近づいてくるのが、暗闇で鋭くなっていた



彼の感覚により、すぐに分かった。



それは、彼が洞窟探索をしていて、初めて体験する本当の恐怖だった。



そして、何かが彼のすぐ後ろまでやって来て止まった。



息遣いも何も聞こえなかったが、確かに何かが彼の背後に立っている



事だけは、確信があった。



だから、彼は、その時、絶対に背後にいる何かを見てはいけない、と



自分に言い聞かせていた。



しかし、そんな思いとは関係なく、彼は自然に、自分の後ろに



立っているモノを見たという。



そこで、彼はそれまで彼が出した事のないほどの大きな叫び声を



上げながら意識を失っていったという。



それから、どれだけの時間が経過していたのだろうか・・・・。



彼は、真っ暗やみの中で意識を取り戻した。



洞窟の中?



そう思ったが、そこには涼しい風が吹き、草木の匂いもした。



洞窟の外・・・なのか?



そう思った時、彼は先ほど彼が体験した事が、もしかしたら夢



だったのではないか、と思った。



しかし、彼のズボンは明らかにベットリと濡れて緑色に変色していた。



やっぱり、あれは夢じゃなかったのか・・・・。



でも、夢じゃないのなら、俺はどうして無事に洞窟の外に出られたんだ?



そう思った時、突然、彼の左手の小指に激痛が走った。



ライトで、小指を照らすと浸り手の小指の爪が綺麗に無くなっていた。



彼は、何か起こったのか、分からなかったが、それでも生きて



その洞窟から出られた事に心から感謝した。



そして、そこで初めて、自分の顔が涙でぐしゃぐしゃになっている



事に気付いた。



彼が最後に何を見たのか、については本人も全く記憶に残っていない



という。



ただ、絶対に見てはいけないものだったのだけは、何となく理解出来る



と言っていた。



ちなみに、それ以後、彼の身には怪異は起こってはいないが、左手の小指の爪は



どれだけ経っても少しも再生されないそうだ。



そして、あの時以来、



彼は幾度となく、あの洞窟の中を彷徨っている夢を見続けている。



そして、彼はこう言っていた。



自分があの時、目が覚めたら洞窟の外にいたのと同じように、もしかしたら、



目が覚めたら、再び、あの洞窟の中のあの部屋にいるんじゃないかと思って



恐ろしくて堪らないんだ、と。



ちなみに、彼はそれ以後は、一人での行動はしなくなったのだが、



相変わらず、友人たちとの洞窟探検だけは止められないようだ。



Posted by 細田塗料株式会社 at 00:27│Comments(0)
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