2018年11月10日

初恋

彼はいつも、その噂に悩まされながら生きてきた。



大手企業に勤め、誰よりも献身的に仕事に向き合ってきた彼。



しかし、彼は、30代半ばを過ぎても、独身を貫いている。



それは、勿論、彼が望んだライフスタイルではない。



幼い頃、両親が離婚し片親で育てられた彼にとって、結婚し、



幸せな家庭を持つ事は、何より彼が望んだ夢に他ならなかった。



だから、彼の過去には、結婚を前提に付き合っている女性が



存在していた。



しかし、それが実る事はなかった。



相手の女性が、突然、自殺してしまったのだ。



勿論、それだけで、そんな噂が立つはずはなかったが、それまでに



彼が付き合ってきた女性には、全て不幸が訪れてしまった。



彼が望んだ事ではないが・・・・。



その噂というのは、かなり以前に遡る。



彼が中学生の時、転向してきた同級生に恋をした。



そして、二人はすぐに付き合い始めることになる。



勿論、彼にとっても相手の女性にとっても、初恋の相手という事になる。



だから、当然のごとく、ぎこちない恋愛関係になる。



お互いに好きと言えないままに、交際は続き、ある時には兄妹のように、



また、ある時には仲の良い親友のように二人は付き合い続けた。



そして、そんなある日、彼女が突然、病院へと入院した。



最初は風邪をこじらせただけという説明だったが、そのうちに、彼女は



自分の病名を知り、天を仰いだ。



もう、自分は助からない・・・。



そんな状況になるという事は、中学生の彼女にとっては、残酷すぎる現実



だった。



だから、最初は家族を始め、周りに対してフラストレーションを爆発させた。



どうして、自分だけが、こんな目に遭わなくてはいけないの?



中学生という年齢を考えれば無理も無い事なのだろう。



しかし、彼に対してだけは彼女は、それまでと同じように明るくそして



優しく接した。



彼女は、酷い孤独感にさいなまれており、更に、彼を無くすという



事は想像もしたくはなかった。



だから、彼には病名も告げず、いつも明るく振舞った。



そして、いつも、こう言っていた。



○○君だけが、私の全てだから・・・・。



だから、これからも、ずっと側にいて護ってあげるから・・・。



彼自身はその言葉の意味が分からなかった。



どうして、そんな事を言うのか、理解に苦しんだ。



だが、ある日、学校からの帰り道、彼は彼女の訃報を聞いた。



あまりの突然の別れに言葉も、そして涙も出なかった。



彼女が亡くなったという事実すら、信じられなかった。



そして、彼女の葬儀の際、彼は彼女の親から一通の手紙を渡された。



それは、亡くなった彼女からの手紙だった。



その手紙には、彼への想いが、便箋数枚に渡って書き綴られていた。



そして、最後に、



○○君だけが、私の全てだから・・・・。



だから、これからも、ずっと側にいて、○○君の事を護っていてあげる。



そう書かれていた。



彼は、それを読んで初めて涙がとめどなく流れてくるのを感じた。



彼は、まるで生きた屍のようになってしまい、勉強もスポーツも



全くヤル気が起きなくなった。



もう、二度と立ち直れない・・・。



自分でもそう思っていた。



しかし、彼の友人助けもあってか、時間が彼を少しずつ



癒していく。



そして、高校を卒業し、大学に進むと、彼には新しい彼女が出来た。



彼が、その彼女を好きになった理由が、亡くなった彼女に似ていたから、



というのも、皮肉な話であるのだが・・・。



しかし、彼が付き合い始めて1年も経たないうちに、彼女は交通事故に遭い、



半身不随になった。



彼はそれでも構わない、と思ったらしいが、彼女の両親がそれを止めた。



君の気持ちはとても嬉しいが、君は若いんだから、これからの長い人生の



スタート地点から、苦難を背負うことは無い・・・。



それが、彼女の両親の言葉だった。



彼はそれでも納得できず、悶々とした日々を送っていたが、それでも



時間が経つにつれて、ようやく彼女を諦める事が出来た。



そして、それから数年後には新しい彼女が出来た。



しかし、それからは彼には常に不幸が付きまとってしまう。



付き合う女性が、全て1年以内に不治の病にかかったり、事故に遭った。



それでも、彼の性格に魅かれる女性は多く、彼は何年か苦悩の日々を



送った後、新しい恋愛を手に入れるのだが、やはり、全ての相手女性が



何らかの重大な障害により、結婚まで漕ぎ着けることが出来なかった。



そして、30歳になった頃、彼には新しい彼女が出来た。



勿論、結婚を前提に付き合っていた。



しかし、結婚式の日取りも決まり、今度こそ、結婚出来ると思っていた



矢先、相手の女性が、投身自殺してしまう。



そして、彼にはこんなレッテルが付けられてしまう。



あいつは、初恋の彼女に呪われている・・・・。



中学の時、付き合っていた彼女がいまだにあいつに近づこうとする相手を



全て不幸に陥れてしまう、と。



そんな噂が立てられて、彼自身も困惑したことだろう。



勿論、その噂も、友達から友達へと伝わるうちに、どんどんと変化して



しまったものに他ならなかったが、それでも彼自身、それだけの



厄災が周りで起こってしまうと、知らず知らずのうちに、自分でも



そうなのかもしれない、と思い始めてしまった。



何故なら、彼自身も、それまでに起きてきた数々の不幸には何かの力が



働いているように感じていた。



だから、彼はその噂を、全身で受け止め、それを背負ったまま、1人で



生きていこうと決心した。



しかし、俺にはどうも腑に落ちないことばかりだった。



初恋の相手の彼女が、本当にそんな恐ろしいことをするのだろうか、と。



もしかすると、もっと別の何かが裏には存在しているのではないのか、と。



だから、俺はAさんに相談した。



そして、面倒くさがるAさんに頼み込んで、彼に一度会ってもらった。



Aさんは、彼を見るなり、



なるほどね・・・・。



やっぱりそうだ・・・。



と言った。



そして、彼と別れた後、俺はAさんに、こう聞いた。



やっぱりって?



初恋の彼女が憑いてたの?と。



すると、Aさんは、笑って、



相変わらず表面しか見ないお馬鹿さんですよね・・・・・。



彼には、確かに良くないモノが憑いてますね。



でも、それは初恋の彼女じゃない・・・。



それどころか、初恋の彼女は、そいつから彼の事を必死で護ろうとしてます。



でも、力が圧倒的に違いすぎますね・・・・。



あんなのに、憑かれてたら、彼と付き合った相手は普通なら全て死んでるはず。



それが、その程度で済んでるのは、その女の子が、彼だけでなく、彼の相手の



女性も必死で護ろうとしていたから・・・・ですかね。



そして、そいつは、その女の子の呪いというレッテルに隠れて好き勝手



やってる・・・。



まあ、私には関係ないけど、許せる範疇を超えてますかね・・・。



そう言って、唇をかみしめた。



そして、俺に向かって、



Kさんは、彼の事を助けたいんですよね?



まあ、私はどうでも良いんですけど・・・。



でも、Kさんが、どうしても、と言うんだから、やるしかないですよね?



そう言って、再び、彼の元を訪ねた。



そして、彼に向かって、



これから起こる事は見ない方が良いですから・・・。



そして、私がこれから喋る事も、貴方に対しての言葉ではありませんから、



決して、反応しないでくださいね。



そう言って、俺に目配せをしてくる。



俺は彼に目をつぶるように促した。



そして、Aさんは、



本当に他人の不幸を吸い込んで、どんどん大きくなりやがって・・・。



あんたみたいなのが、私は一番嫌いなんだよね・・・・。



ということで、さっさと消えてもらうから・・・。



そう言うと、彼の方に向かって、両手をかざす。



すると、大きな光が彼を包んでいき。彼の背中から巨大な女が現れる。



縦だ毛でなく、横にも大きく広がった体の女は、酷く濁った目でAさんを



威嚇してくる。



しかし、その直後、大きな断末魔の叫びを残して、その光の中へと



吸い込まれていった。



そして、彼の元に駆け寄ろうとした俺をAさんは止めた。



これからは、私達は邪魔者ですから・・・。



さっさと行きますよ・・・・。



そう言われて、俺とAさんは、そのまま彼の部屋を出た。



そして、帰り道、Aさんは、いつものように、



あー、また力の無駄遣いをしてしまいましたね・・・。



本当に面倒くさい事ばかり持ち込むの止めてもらえませんか?



こりゃ、相当高価な料理を御馳走して貰わないと!



とブツブツと愚痴を言ってきたが、不思議とAさんも嬉しそうな顔を



している気がした。



もっとも、俺もいつものように、聞こえない



フリを続けたのだが・・・・。



そして、これは、その後、彼から聞いた話だ。



俺とAさんが部屋から出て行った後、1人残された彼の背後から、肩を



叩く者がいた。



驚いて振り返ると、そこには、中学生の時に亡くなった彼女が、ニコニコと



笑って立っていたのだという。



そして、



最後の瞬間には会えなかったから・・・・。



きっと、あの女の人が気を利かせてくれたのかもね・・・。



私は○○君の事が今でも好きだけど、それは○○君を束縛したいという



事じゃないの・・・。



好きな人だから、ちゃんと幸せになって欲しいし・・・。



だから、これからも、ずっと見守ってるから、ちゃんと幸せになってね!



そう言うと、彼女はゆっくりと消えていったという。



そして、彼はそれから大声で泣いたという。



彼女に遭えたのも嬉しかったし、彼女が相変わらず優しいままで



いてくれたのが、何より嬉しかった。



そう言って、俺に、Aさんへしっかりとお礼を言ってくれるように



頼んできた。



ちなみに、それ以後も、彼は結婚していない。



結婚する気は無いのだという。



彼女がいつも側で見守ってくれている・・・・。



それだけで、十分満足なのだという。



ただ、彼女の呪いが憑いている、という噂に対しては、彼女の名誉の為にも



断固として否定するようになったという事だ。


Posted by 細田塗料株式会社 at 08:46│Comments(0)
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