2018年11月10日

喪服

これは、俺の知人の話。



彼女は、昔はかなり孤独な幼少時代を過ごしたようだ。



彼女が幼い頃、両親が相次いで病気で亡くなった。



一人っ子だった彼女は、祖父母の家で面倒をみる事になる。



しかし、祖父が、かなりの偏屈者だったらしく、親戚は誰一人として



祖父母の家には近づかなかった。



だから、彼女は親戚との交流を全く知らずに育った。



それでも、彼女は祖父母を恨んだことなど無かった。



祖父母はいつも彼女に優しく接してくれていたから。



ただ、祖父母の家も、あまり裕福ではなかったようで、彼女が学校に



行き始めると、そのおかねの工面に苦労した。



教材費や給食費なども、滞納してしまう事もあったらしく、それが



原因となり、彼女は学校で孤立していく。



彼女自身はとても優しくおとなしい性格だったから、友達になりたいと



近づいてくる者をいたのだが、親達はそれを許さず、彼女は孤立した



環境の中で学生時代を過ごしていく。



そして、中学に入ると、家計を助けるために、学校から許可をもらって



バイトに勤しんだ。



学校が終わると、午後7時頃までは毎日、バイトに精を出す。



そんな生活だったから、部活動はおろか、友達との楽しい時間を過ごす



という事も無理な話だった。



そして、高校に入った頃、祖父が亡くなった。



家計は更に厳しくなり、彼女は、朝にバイトをこなしてから、学校に行き、



そして、学校が終わるとすぐにバイトに行く、という生活を送る様になる。



勿論、学校からの許可はもらっていたが、そういう噂はすぐに広がってしまう。



実際、何も悪い事をしている訳ではないのだが、その頃の風潮なのか、



貧乏な者は、いじめられるという通説の通り、彼女はかなり陰湿な



いじめに遭ったらしい。



靴を隠されたり、教科書を隠されたり・・・・・。



それでも、彼女は誰も恨む事はしなかった。



先生にも、それを悟られないようにして全てを自分だけで解決した。



それが、帰って、いじめる側の怒りを買ったのかもしれない。



それから、いじめは益々エスカレートしてしまう。



かばんを焼却炉で燃やされた事もあった。



体操服が、学校指定のものでないという理由なのか、ズタズタに切り刻まれて



校庭に捨てられている事もあった。



それでも、彼女は誰も恨んだりしなかった。



それよりも、そんな貧乏な境遇に生まれてきた自分が悪いのだ、と



思い、責めるのはいつも自分自身だった。



そして、いつ頃からか、彼女は死ぬ事を考え出す。



自分が生きていれば、周りの人達に嫌な思いをさせてしまう。



そんな気持ちで・・・。



高校を卒業すると、小さな会社に就職した。



そこでも、彼女は地味な存在であり、いじめられる事はなかったが、



やはり、孤立した状態で働き続ける事になった。



彼女が生きている理由は、祖母を養わなければいけないから、という



ただ、それだけだったが、やはり会社の給料だけでは生活も



侭ならず、彼女は会社に内緒でバイトを始めてしまう。



初めての夜のバイトは、それなりに収入も大きかったが、失って



いくものを沢山あったという。



そんな折、彼女が夜、バイトしているのが、バレてしまった。



勿論、いかがわしい店でバイトをしていたわけではなかったが、その会社は



そういう点では厳格だったらしく、彼女のバイトは大きな問題になる。



そして、ちょうど、その時、祖母が急死してしまう。



祖母を亡くしたことで、彼女自身、生きている理由を失ってしまい、



彼女はそのまま会社を退職し、毎日、優しかった祖母の写真だけを見て



暮らしたという。



そして、写真を見ながら、



私なんか、生まれて来なければ良かったんだよね?



おばあちゃん、もうすぐ、そっとに行くからね・・・・。



そんな事を呟いて過ごした。



そして、少ないお金が底をついてきた時、彼女は死を決意した。



誰にも知られずに、このまま消えていこう・・・・・。



そう思ったという。



そして、彼女は、飲めないお酒を飲んで泥酔した状態で港から海に飛び込んだ。



昔、両親に連れてきてもらった海の記憶だけが、彼女の記憶として残っており、



どうせならば、その大好きな海で死ねれば、と思ったから。



そのまま、彼女は死ぬはずだった。



しかし、目が覚めた時、彼女は病院のベッドの上に寝かされていた。



偶然、港で小休止していたトラックの運転者さんに助けられた、と聞かされた。



彼女はどうして、そのまま死なせてくれなかったのか?



どうして助けたりしたのか?



と、その運転手を生まれて初めて恨んだらしい。



しかし、かなり海水を飲んでおり危険な状態だった彼女のそばを少しも



離れずに、見守ってくれたという話を聞いて、彼女は訳が分からなくなった。



どうして、他人の為にそこまでするのか?と。



だから、もう一度死ぬ前に、その運転手に会ってみたくなったという。



そして、その機会はすぐに訪れた。



彼女より少しだけ年上の大柄な男性は、彼女を見るなり、涙を流して



喜んでくれたという。



自殺しようとしたことに対して、一言も叱ろうともせずに・・・。



彼女は、その時、彼の事をもっと知りたくなったという。



それから、彼が見舞いに来るたびに色んな話をしてくれた。



仕事で行った先での楽しい事、辛い事、悲しかった事。



それらは、狭い世界で生きてきた彼女にとってはどれも、初めて聞く



話ばかりだった。



そのうちに、彼女は彼と会って、色んな話を聞くのが、とても楽しみになっていく。



そして、何度か、彼女から自殺したことを話そうとしたらしいが、



あっ、それはもう昔の話でしょ?



過去なんて気にしてたら、せっかくの未来が台無しになっちゃうから、



もう忘れればいいよ・・・。



と優しく言葉を掛けてくれたという。



そんな時間を過ごしていくうちに、彼女は彼を好きになってしまったという。



そして、いつしか、自殺したいという気持ちが無くなっている自分に



気付いた。



そして、退院の日、彼は彼女に掛った治療費と入院費を全て支払ってくれた。



彼女は、それでは申し訳ないと、絶対いつかお返ししますから、と言うと、



彼は照れくさそうに、



お金は返さなくて良いです。



ただ、これからも、たまにでいいから僕にあってくれると嬉しいんだけど?



と言ってくれたという。



それからの彼女の生活は、それまでとは全く違うものになった。



新しい職場で働きだした彼女は誰よりも、精力的に仕事に向きあい、そして



休日になると、いつも彼との時間を過ごした。



遊園地、映画館、ドライブ、そしてディナー。



その全てが彼女にとって至福の時間だった。



一度、彼のトラックの助手席に乗り、遠くの町まで行った事があったらしく、



其処で見た景色は、彼が以前彼女が入院している時に話してくれた通りの



ものであり、彼女は、それが嬉しくて思わず泣き出してしまい、彼を



困らせてしまった。



そんな二人だから、結婚するのにそれほど時間はかからなかった。



中古で小さいながらも、一軒家に二人は住んだ。



結婚してからも彼はそれまでにも増して彼女に優しく接してくれた。



彼女は、思ったという。



ああ・・・これが幸せというものなのか、と。



しかし、その幸せも長くは続かなかった。



仕事中に、高速道路で多重事故に巻き込まれた彼は、病院に緊急搬送され、



急いで駆け付けた彼女の顔を見た直後、そのまま帰らぬ人となった。



保険金がおりて、お金に困る事は無かったそうだが、それでも彼女は



絶望の底に再び突き落された思いだった。



それでも、彼の葬儀には沢山の友人や同僚が参列してくれ、彼女は改めて



本当に貴重で大切な人を亡くしたのだと悲しみにくれた。



俺も、また彼女が自殺へ向かうのではないか、と気になってしまい、



事あるごとに彼女の家を訪れるようにしていた。



何しろ、その頃の彼女は、まさに生きた屍の様に、全く生気が



感じられなかったのだから。



しかし、ある時、俺が彼女の家に訪問するといつもとは全く違っていた。



彼女は、まるで、それまでの姿が嘘のように生き生きとしていた。



常に笑顔で答えてくれ、以前にも増して良く笑った。



正直、その時、俺は彼女が悲しみの深さから、精神に異常をきたしたのでは



ないか、と疑った。



なにしろ、その時の彼女は、当たり前のように喪服を着ていたのだから。



しかし、俺のそんな疑念が彼女にも伝わったのだろう。



彼女は明るく笑いながら、こう言ってくれた。



Kさん、私が頭がおかしくなったと思ってるでしょ?(笑)



でも、違うんだよ!



あのね…Kさんだから、言うんだけどね。



彼が、まだ、私のそばに居てくれてるの!



それが、ある日分かったの。



そして、喪服を着ている時だけは、私にその姿を見せてくれるの。



だから、彼に会いたくなったら喪服を着るんだ(笑)



だから、私、今、幸せだよ!



以前にも増して、いつも彼と一緒に居られるんだから・・・。



こういうのって、信じてくれる?



そう笑いながら聞かれた俺は、



うん、勿論、そういう事もあるのかもしれないね!



と答えてきた。



そして、後日、俺はその事をAさんに聞いてみた。



そんな事があるのか?と。



そして、もしも、それが事実だとしたら、その事で亡くなった彼が苦しむ事は



無いのか?と。



すると、Aさんは、俺に奢ってもらったドーナツを口に頬張ながら、



こう言ってくれた。



まあ、そういうのも、良くあることだと思いますよ。



普通はなかなかそれに気付けない事も多いんですけどね。



彼はきっと彼女が心配で仕方ないんでしょうね?



そして、彼女も彼に会いたくて仕方ない。



確かに、49日が過ぎて、あの世に行ってから、再びこの世に戻ってきたのなら、



彼にも苦痛が伴うかもしれませんけど、それ以前に、彼がこの世に留まる



事を決意したのだとしたら、苦痛は伴ないませんよ。



まあ、確かにしばらくの間は、あちらの世界には行けなくなっちゃいますけどね!



いいんじゃないですか?



ラブラブで・・・・・・。



どちらかが、死んでいたって、それはあくまで魂の話ですから、実際には気持ちが



あれば、いつだって繋がれますからね。



だから、彼がいつも近くに居てくれてると感じるのなら、間違いなく



そうだと思いますね。



まあ、私はリア充は嫌いですけど・・・・。



しかし、そう言ったAさんの顔は、少し嬉しそうに笑っていた。


Posted by 細田塗料株式会社 at 08:57│Comments(0)
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