2018年11月10日

いわくつきのビル

これは会社を経営している知人から聞いた話である。



彼の会社は社員も10人以下とそれほど大きくはない。



ただ、それまで使っていたビルの老朽化に伴い、色々と不便な



事も多くなってきたので、会社の移転を決めた。



ただ、彼の会社の業務内容からすれば、そこそこ広い事務所と



小さな倉庫、そして車が2~3台停められれば何の問題も無かったので、



移転先は、すぐに見つかると思っていた。



しかし、基本的に社員が自家用車ではなく電車やバスを利用して



通勤する事を考えれば、それなりに交通の便の良い場所でなければ



ならず、そうなってくると、やはり高額な賃貸料がネックになってしまい、



なかなか見つからない。



彼自身、それが悩みの種だったらしいのだが、ある時、懇意に



している不動産会社から、一つの物件を紹介された。



それは、市の中心部にある真新しいビル。



交通の便もすこぶる良く、ビル自体も築数年という新しい物。



ビル自体は地上5階建であり、地下には駐車場もある。



そして、そのビルの最上階である5階のフロアが全て空いている



というのである。



それでいて、毎月の賃貸料も破格の安さだった。



彼は、すぐに契約しようと思ったらしいが、それを聞いた彼の友人は、それを止めた。



友人が言うには、そのビルにいわくつきのビルであり、その5階のフロア



だけには、誰も借りる者がいないのだという。



万が一、誰かがその安さからそのビルの5階に入ったとしても、それこそ



1週間も経たずに、そのビルから出で行く。



だから、あのビルの5階はいつも空きフロアーになっているのだと。



それを聞いてしまうと、さすがに彼も躊躇したらしいが、それでも他には



良い物件など見つからず、元々彼の会社の業務形態として、夜間の残業は



殆ど無かったから、彼は仕方なく、そのビルの5階を賃貸契約する事にした。



ただ、実際、そのビルへ社員と一緒に引っ越し作業をしている時にも



異常は無かったし、真新しいビルで社員たちもかなり喜んでいたので



彼自身も、余計な事は社員に伝えず、いわくつきという事実も、彼の



胸の中にしまっておく事にした。



実際、そのビルで業務を開始してからも、不思議な事は一度も起こらなかった。



ただ、そのビルに入っている他の会社の社員と出会っても、何故か逃げるように



挨拶もろくにして貰えないという事だけが気になっていたという。



そんな時、ある社員が彼に尋ねてきたという。



このビルの人達って、エレベーターを何故か利用しないんですね?



何ででしょうか?と。



そう言われ、注意深く見ていると、確かに、そのビルの4階までのフロアーに



入っている会社の社員は、たとえ重たい荷物を持っていたとしても決して



エレベーターを利用せず、階段を使っていた。



彼自身、そのビルがどうして、いわくつきと言われているのか、は



知らなかったのだが、もしかしたら、エレベーターがその原因になっている



のかもしれない、と考えて、社員にこう説明したという。



このビルのエレベーターは誤作動が多く、中に閉じ込められる事が多い



みたいだから、出来るだけエレベーターは利用しないように、と。



社員らは、不満そうな顔をしていたらしい。



何しろ、ビルの5階までを階段だけを使って上り下りしろ、と言われ



たのだから、その気持ちも分からなくはないのだが・・・。



ただ、そのビルには幾つかの良いところもあった。



ビルは、大きな窓が付いていてとても開放的だったし、屋上への出入りも



自由。



そして、その屋上から見る景色は、とても素晴らしいもので、彼も



時間が出来ると、つい、屋上に登って景色を見て時間を潰すようになる。



もう彼の頭の中からは、其処がいわくつきのビルなのだという事実は



消えかかっていた。



何しろ、そのビルに入居してから2週間ほどの間、怪異というものは一切



起こってはいなかったのだから・・・・。



そんな時、彼は社員からこんな話を聞かされた。



それは、どうやら屋上に、近所の子供たちが勝手に登って遊び場にしている様で



屋上からは子供たちが走り回る足音や、笑い声がよく聞こえる、というものだった。



だから、彼はそのビルの管理会社に連絡して、その旨を伝えたらしいのだが、



管理会社の対応は、そっけないものであり、たぶん気のせいじゃないですか?



という回答だった。



万が一、子供が屋上で遊んでいて、誤って転落事故でも起きたらどうするんだ?



と思った彼だっだが、一度、彼も屋上からの走り回る音や、子供たちの笑い声を



聞いた事があり、すぐに注意しようと屋上にのぼったらしいのだが、其処には



誰もいなかった。



それからも、何度も彼は屋上に注意しようと上ったが、子供たちの姿を



見る事は一度も無かったという。



そして、更にこんな事もあった。



彼が、まだ夜には程遠い午後7時前に、1人で会社に残って仕事をしていた時、



誰かの視線を感じて、窓の方を見たらしい。



すると、そこには、窓の外からこちらを覗く巨大な顔があった。



その顔には目というものが、一つしかなく、大きな筈の窓ガラスにも



収まりきらない程の大きな顔に、彼は思わず、椅子から転げ落ちた。



そして、その様子をじっと見ていたその大きな顔は、しばらくすると



そのまま横に移動するかのようにして消えていったという。



更に、一度、彼が午後9時頃まで残業していたことがあるらしく、



その時は、部下2人にも一緒に仕事を手伝ってもらっていた。



その時、突然、彼の耳には読経の様な声が聞こえてきたらしい。



しかも、最初に小さく聞こえていたその読経の声は、次第に大きくなっていく。



これは、マズイ・・・・。



そう思った彼はすぐに残業を切り上げて部下と一緒に帰り支度をして



廊下へと出た。



すると、其処には、掃除婦さんが、一生懸命に掃除をしていたという。



彼がそのビルで掃除婦さんを見るのは初めての事だった。



あれ?このビルに掃除婦さんなんか、いたっけ?



そう思っていると、その掃除婦さんは、



こんばんは・・・・・お仕事大変ですね・・・お疲れ様です・・・。



と声を掛けてきた。



彼らは、思わず、



あっ、そちらこそ、大変ですね・・・・・それじゃ、お先に失礼します。



そう言って、その場から立ち去った。



それでも、こんな時間に掃除婦さんが仕事をしていてくれるのだから、もしかしたら



いわくつきというのも、単なる噂かもしれないな・・・。



そう思いながら、階段を降りていくと、今度は暗い階段から誰かが



上がって来る。



思わず、身構えていると、どうやら、それは警備員のおじさんだった。



ちなみに、彼はそのビルで警備員の姿を見るのも初めてだった。



懐中電灯で、こちらを照らしながら、



5階のフロアーの方達ですね・・・・。



ご苦労様です・・・。



そう挨拶されたという。



勿論、彼らも、先ほどと同じように、



警備員さんこそ、遅くまでご苦労様です!



そう言って、階段を降りていった。



そして、階段を降りていく途中で、いつもは、懐中電灯が必要な程暗くない



階段なのに、今夜は変だな・・・・。と思ったという。



そして、1階まで階段で下りた彼らは、無事、そのまま帰路に着いた。



そして、翌日、管理会社の方に電話をかけると、相変わらず素っ気ない



返事が返ってくる。



階段の明かりは、しっかりと全て点いていますよ。



それに、管理会社としては、あのビルに掃除婦さんも警備員も



頼んではおりませんので・・・・。



そう言われたという。



彼は、狐にでもつままれたような気持ちになったが、それでも確認すると



確かに階段の電気は全て明るく点いていた。



そして、よく考えてみると、このビルに入っている会社は、怖いからなのか、



残業をする会社というのが、一つも無いのだ。



そんな状態のビルに掃除婦はともかくとして、警備員を雇う必要が無い



のは明白だった。



それでも、彼はその事も自分の胸の中だけにしまっておく事にした。



むやみに、社員を怖がらせるのは得策ではないと考えたから・・・。



そして、彼は決定的な体験をしてしまう。



その日、彼は1人で残業をしていた。



残業といっても、午後7時頃であるのだか、どうしても今日中に



まとめておかなければいけない資料を必死で作っていた。



必死で作っていたというのは、やはり、その頃になると、彼も次第に



そのビルの事が少しだけ怖くなっていたから、出来るだけ早く会社から



退社しようと焦っていたから。



そして、仕事を片付けて、部屋の鍵をかけて廊下へと出た。



いつもなら、階段を利用するのだが、その時彼の目に入ったのは、



エレベーターが動いており、階数表示のランプが珍しく動いていた。



なんだ・・・ちゃんとエレベーターを利用する人もいるんじゃないか!



彼はそう思い、エレベーターを利用して1階まで降りようとエレベーターの入り口



付近で、下向きのボタンを押して到着を待つ事にした。



階段を使えば、あの警備員や掃除婦に会うような気がしたのもその理由



だったが、何より、彼はその時、かなり疲れていたようだ。



彼はエレベータの動きを階数の表示ランプを見ながら眼で追っていた。



何階で降りるのかな?



なんとなく、それを確かめたかったから・・・。



しかし、エレベーターは、何処にも停まることなく、そのまま5階まで上がって来て



停まった。



チーンという音が廊下に響いてドアが開いた。



既に彼はその時固まっていた。



こんな時間に、誰が5階にある自分の会社にやってくるというのか?



しかし、彼は、それが仕事関係のお客さんである事を願った。



アポイントなど入ってはいなかったが、もしも、そうでなければ



一体何がエレベーターで5階までのぼって来たというのか?



彼は、固まったまま、開いていくエレベーターのドアを凝視していた。



頼む…人間であってくれ・・・・。



そう思いながら。



しかし、開いたドアから見えたのはエレベーターの一番奥に背中を向けたまま



立っている女の姿だった。



服装も覚えてはいないという。



ただ、背が高く髪が長く、赤いヒールを履いた女だったという。



そして、背後から見た感じでは、衣服も靴もボロボロに汚れており、髪は



般若の様にボサボサの状態だったという。



彼は、その後姿を見るなり、すぐにその場から逃げだした。



その女がもしもこちらを振り向いたら・・・・。



そう考えただけで、頭の中が恐怖で満たされていく。



しかし、彼はその時初めて経験した。



腰が抜けるというのが、どういう事の中、ということを。



足がもつれて転倒した彼は、起き上がろうとしても起き上がれず、そのまま



手だけを使って廊下を這いずりながら進んだ。



その先にある階段から逃げる事しか思いつかなかったから。



しかし、初めての経験のせいなのか、手だけでは体がなかなか前へと



進まない。



そして、エレベーターのドアが閉まる音が背後から聞こえてくる。



頼む!・・・そのまま下に降りて行ってくれ!・・・・。



彼はそう願っていた。



後ろを振り返って確認する勇気など無かったが、彼にはその女がこの階で降りる



などという事は想像したくもなかった。



しかし、すぐに彼の背後から、コツーン・・・コツーン・・・・コツーン



というヒールの音が聞こえてくる。



その音を聞いて、彼は更に必死になって死に物狂いで両手を使って、階段の方へと



逃げようともがいた。



もう、恐怖で頭がいっぱいになり、何も考えられなかった。



それでも、背後から聞こえてくる、コツーン・・・コツーン、というヒールの



音は、先ほどより確実に近づいているのが分かった。



もう、気が狂ってしまった方が楽なのではないか、とさえ思ったという。



そして、不思議な音も聞こえてきた。



それは、まるで、赤ちゃんをあやす時に、母親がするような、口を開け閉めして



パクパクパくという音を出している様に聞こえた。



その音も、さっきの女がやっている事なのか?



そう思うと、彼はつい、その姿を想像してしまい、更に恐怖で体が



硬直してしまった。



もう、階段までは数メートルの距離だった。



勿論、階段まで逃げられたとしても、そこから先を、そんな状態の



自分がどうやって逃げれば良いのか?など、全く考えていなかったが、



彼にはもう、それ以外、何も思いつかなかった。



駄目かもしれない・・・・。



そう彼が思った瞬間、突然、背後から聞こえるヒールの音が変わった。



コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツ・・・・。



それは、ヒールを履いて早足で歩いている音にしか聞こえなかった。



もう、すぐ追いつかれる・・・・。



彼は絶望の中で無意識に背後を振り向いた。



自分が何を見たのかは全く覚えていないが、それでも、自分が大きな悲鳴を



上げながら一気に意識を失ったのだけは覚えているという。



そして、彼は、それから5時間以上経った午前1時頃に、管理会社の人に



助けられたという。



管理会社の社員の元に、彼の携帯から何度も無言電話が掛って来て



もしや、と思った管理会社の社員が、そのビルを確認にきて、廊下で



倒れている彼を発見したという事だった。



彼は、体にも異常が無かったので、そのままその日は自宅まで帰った。



そして、考えた挙句、現在でも、そのままそのビルで業務を続けている。



ただし、エレベーターのドアはしっかりと封印し、業務時間も、午前7時から



午後4時までに変更したという。



それからも、相変わらず、ちょっとした怪異は続いているが、それでも



実害が及ぶことはないのだという。



だから、彼に聞いてみた。



どうして、そんなビルに固執するのか?と。



すると、彼はこう言ってくれた。



まあ、新しい移転先を見つけるのも大変だしな。



それに、業務的には、このビルの立地は最高なんだ。



だから、このビルが、いわくつき、と言われなくなるまで居座って



やろうと思ってるよ!と。



彼の前途に幸多かれ、と願わずにはいられない。


Posted by 細田塗料株式会社 at 09:03│Comments(0)
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