2019年06月08日

見つけられない店

これは俺の体験した話である。



俺はよく片町に飲みに出る。



いつも決まった店に行き、ゆったりとした時間を過ごし、好きな酒を飲む。



午後7時頃から飲みだして午前1時までは飲んでいると思う。



俺の場合は何も食べず、最初からスナックやバーへ行き、飲み始める。



決して新しい店には行かない。



それはやはり、顔なじみの店の方が融通が利くからだ。



静かに飲みたい時にはそれを察して一人きりで飲ませてくれると、楽しく



飲みたい時には他のお客さんも巻き込んで賑やかに飲ませてくれる。



だから、基本的に俺はあまり新しい店を探す事はしない。



だが、やはり年に1~2度だけ。



きっと、その時の気分なのだと思うが無性に新しいお店を開拓してみたく



なる時がある。



そして、その日もそんな気分だった。



いつもの店で飲んでいた俺は、ふと退屈な気分になってしまい、早々と



その店を出た。



さずかに帰宅するには、まだ早すぎる。



俺は1人で片町をぶらぶらと歩きだした。



そういう時は裏通りを歩くに限る。



片町を知り尽くしている気分になっていても、案外見落としているビルや



店というものが在るものだ。



そして、そういうビルや店は裏通りで偶然見つける事が多い。



だから、その時も裏通りに入り、人ごみを避けるようにして歩いた。



そんな事をどれだけ続けていただろうか・・・。



突然、裏通りにお世辞にもきれいとは言えないような雑居ビルが現れた。



そして、飲み屋が入っている事を知らせるかのように、電飾看板が



店の存在を主張していた。



俺はまるで宝の山でも見つけたような気分になり、いそいそとそのビルに入った。



昭和を感じさせるエレベータが俺の期待を更に高めてくれる。



とりあえず、エレベータで最上階である5階へとのぼった。



しかし、エレベータを降りるが、廊下の明かりも暗くお店が営業している



雰囲気ではなかった。



おいおい…あの外の看板はなんなんだよ?



そう思いながら、再びエレベータで4階へと降りる。



しかし、4階も同じだった。



俺は半ば、がっかりしてしまい、そのままエレベータに乗り順番に下の階へと



降りていく事にした。



3階に着き、ドアが開く。



やはり、3階も店の明かりは点いていない。



そして、2階へ降りて、エレベータのドアが開いた。



もう完全に諦めモードの俺は、何気にドアから様子を窺った。



店の明かりが点いていた。



薄暗い廊下の中に1軒だけ、間違いなく明かりが点いていた。



俺は再び元気を取り戻して勢いよくエレベータを降りた。



そして、薄暗い廊下を歩いてその店の前までやって来る。



店のドアには女性の名前が書かれている。



ああ・・ここの店のママさんの名前かな?



そう思いながら、店のドアに耳を近づける。



やはり、初めての店に入る時にはいつも必要以上に緊張してしまう。



だから、店の中が賑わっていたりすると、どうしても入りづらい。



その為に事前の耳でのチェックは必要不可欠だった。



そして、どうやら店の中からは全く声が聞こえてこない。



これなら、大丈夫かな・・・・。



そう思った俺はドアノブに手を掛けて、ゆっくりとドアを開いた。



店の中にはママさんが1人でぼんやりと音楽を聴いている。



店の造りは高級なパーといった感じであり、店内に流れているジャズも



俺の好み通りだった。



そして、何よりも、他の客が1人もいない、という事が俺には嬉しかった。



あの…一人ですけど、大丈夫ですか?



そう聞くと、店のママさんは、



ああ…勿論です。



どうぞ!



と優しく返してくれた。



俺はカウンターのの一番端っこの席に座った。



あの・・・・そんな端っこの席で良いんですか?



と聞かれ、俺は思わず、



ええ・・・端っこが好きなもので・・・・。



と答える。



俺は、目の前に置かれている俺の大好きな銘柄のバーボンを見つけ、それを



注文した。



グラスの中には大きな丸い氷。



そして、そこに注がれるバーボン。



俺は目の前に出されたそれを、口に運ぶ。



うまい・・・・いや、うま過ぎる。



確かに大好きな銘柄ではあったが、それほど美味しく感じたのは本当に



初めての経験だった。



俺は一息つくと、店内を見渡した。



それにしても、とても趣味の良い店だった。



いや、俺の趣味とピッタリ、と言った方が良いのかもしれない。



壁の色、調度品、そして今俺が座っている椅子。



そのどれもが本当に心地よく心に馴染んでくる。



それにママさんがとても感じが良かった。



物静かで、それでいてとがった感じがしない。



まるで、高級な会員制のバーで飲んでいる、と錯覚させるほどの居心地の良さ。



それはまさに、俺が理想として、ずっと追い求め続けてきた店そのものだった。



俺は、ママさんと色々な会話を楽しんだ。



趣味の話、仕事の話、そして、人生のついての話。



とても幸せで充実した時間だった。



俺はふと時計を見た。



既に、時計の針は午前2時近くになっていた。



俺は慌てて、



あの・・・すみません。



1人でのんびりとし過ぎて時間に気付かなくて・・・。



もしかして、もう閉店時間、すぎてるんじゃないですか?



そう尋ねた。



すると、ママさんは笑って、



ええ・・・そうみたいですね(笑)



とにこやかに答えてくれた。



俺は、急いで勘定を済ませ、



また、絶対に来ますから!



と言って店を出ようとした。



すると、ママさんは、



本当にまた、見つけてくださいね!



待ってますから!



そう言って、俺を送り出してくれた。



そして、俺はそのままタクシーに乗り家路に着いた。



そして、翌週の週末にも、俺は片町に飲みに出た。



勿論、その店に行く為に・・・。



しかし、どうやっても見つからなかった。



あの夜、どの道をどうやって歩いたのか、はしっかりと把握していた。



しかし、同じ道を何度歩き回っても、どうしてもあの店が見つからない。



いや、店どころか、そんなビルすら見つけられなかった。



もう一度、あの店で大好きなバーボンが飲みたい・・・。



そう思いながら、俺は、いつも片町に出ると、あの店を探してしまう。



あの時、ママさんはこう言った。



本当にまた、見つけてくださいね!



待ってますから!と。



それならば、いつか見つかるのかもしれない。



そして、その時まで、きっとあのママさんが待っていてくれるはずだから。


Posted by 細田塗料株式会社 at 22:30│Comments(0)
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