2019年06月08日

ライブ

これは知人女性が体験した話である。



彼女は敵を作らない性格だ。



誰にでも親切で優しく、計算ではなく心の思うままに生きている。



困った人がいれば放っておけず、他人優先で自分の事は常に後回しにする。



それでいて、恩着せがましい所が微塵も無いのだから、確かに誰かに恨まれたり



悪意の対象になったりする事はそれまでは無かったのだろう。



そして、そんな人生を送って来たからこそ、彼女は、他人というものを手放しで



信じる事が出来たし、性悪説というものを完全に否定していた。



人間は誰でも根本的には皆、良い人なのだと・・・・・。



そして、これはとある夏の彼女の体験である。



その年、彼女は友達に誘われて大規模な野外フェスに行く事になった。



そもそも、小規模のライブにも行った事が無かった彼女にとって、それはある意味、



冒険だったのかもしれない。



仲の良い友人から誘われた彼女は、少しだけ迷ったが、翌日には笑顔で快諾した。



理由は、友達の悲しい顔が見たくなかったから・・・・・。



ただ、それだけだったそうだ。



夏フェスの会場は、かなり離れた土地だったので、前日から友達と前泊して



ホテルに泊まった。



彼女自身、特に好きなアーティストというものがいる訳でもなかったが、



一緒に泊っている友達のワクワクした姿を見ていると、なんだか彼女自身も



幸せな気分になり、次第に翌日のライブがとても楽しみになって来た。



そして、いよいよライブ当日となり、彼女は朝早くからライブ会場に並んだ。



かなりの観客が集まると聞いていたので、ライブが始まってからの移動は



難しいと思い、簡単な食事と水分をリュックの中に入れていた。



不安と緊張、そしてライブへの期待が入り混じった気持の中でいよいよライブが



始まった。



元々は音楽を聞く時も、じっくりと部屋で歌詞を見ながら音楽を聴く事が多かった



彼女だったが、ライブ会場独特の重低音とビート感に圧倒された。



最初は戸惑いもあったが、そのうちに、そのビートに身を任せていると凄く



心地良い事に気付いた。



そして、いつしか、彼女は、生で演奏される音楽に酔いしれていく。



知らないアーティストであっても関係無かった。



初めて生でライブ、しかも大規模なフェスを体験する彼女にとって、音楽は体で



感じるのが気持ち良いのだ、と知ったという。



会場には沢山の人が隙間なく体でリズムを刻んでいる。



そんな事は恥ずかしくて出来ないと思っていた彼女自身が今、体でリズムを



刻んでいる。



彼女にとってはまるで魔法にでもかかったような気持ちで、その時間が永遠に



続けば良いのに、とさえ感じていた。



隣の見知らぬ人とさえ、肌が触れ合い、押し合うような感覚だった。



彼女は食事も、そして水分を補給する事も忘れてライブに没頭していた。



ごくたまに、体に軽い痛みが走る事があったらしいが、それはきっと隣の人の



手や爪が当たったのだろう。



その程度に感じていたという。



ライブに来ている観客全てが一体になっている感覚があった。



この会場に来ている観客の全てが素晴らしい仲間の様な感覚。



体は汗でベトベトになっており、体ももうフラフラになっていた。



自分の体さえ確認できない程の距離間でライブを見ていたのたからそれも



仕方の無い事かも知れない。



そして、無事、その日のライブが終わり観客達が帰り始めた時、彼女はその場に



立っているだけで精一杯の自分に気付いた。



そして、少しずつ観客が会場から引き揚げていくのを感じながら彼女は、他の



観客達がどうして、ライブが終わった後でもあんなにしっかりとした足取りで



帰路に就けるのか、不思議だった。



自分はこんなにフラフラな状態なのに・・・・・・。



そして、そう考えていた時、突然、彼女の近くで悲鳴が上がった。



彼女は何が起きたんだろう、とぼんやりと周りを見回した。



すると、周りの人達は、皆、彼女の事を見ていた。



え?どうしたの?



彼女は自分の姿をまじまじと見た。



服は赤く染まり、体中の至る所から出血し、全身を真っ赤に染めあげていた。



そして、その瞬間、意識が飛んでしまったという。



結局、彼女はそのまま病院に緊急搬送されて何とか一命は取り留める事が出来た。



出血多量で死ぬ寸前だっという。



医師の話では、どうやらライブ会場に鋭利なカッターナイフを持ちこんだ者がおり、



そのカッターナイフでライブの間中、彼女の体は何度も何度も切られていたのだという。



その中にはかなり深い傷もあったらしく、命が助かったのは奇跡だと言われた。



手や足、そして背中、首、顔、その傷は語る所についており、どうやらその相手は



見知らぬ彼女を殺すつもりでナイフで切りつけていたのではないか、と断定された。



そして、翌日も見る筈だったライブは彼女は見る事が出来なかった。



病院の集中治療室に入れられていたのだから・・・・。



ただ、医師からこう言われたという。



普通の状態なら、そんな風にカッターナイフで切りつけられればすぐに気付くはず



なんですが、ライブという興奮状態の中では、そういう感覚も鈍って



しまうのだと。


あと10分ライブが長引いていたら、死んでいたと思いますよ、と。



結局、目撃者もおらず、その時の犯人はいまだに捕まっていない。



ただ、それからも彼女はライブに行くのを止める事は無いのだという。



だって、私に危害を加えたのも観客かもしれないけど、助けてくれたのもその



観客達なんだから・・・・。



それに、あの一体感を一度味わったら、もう止められなくなっちゃって・・・・。



そう言って笑っていた。



今後の彼女のライブが楽しいだけのものになるように祈りたい。


Posted by 細田塗料株式会社 at 22:49│Comments(0)
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