2019年06月08日

○○と過ごした夜

その時、彼女は自暴自棄になっていた。



何をやってもうまくいかず、会社からはリストラされ、恋人にも



逃げられてしまった。



その頃になると、周りの友人達の言葉が全て偽りの言葉にしか聞こえなく



なっていた。



人間不信に陥り、彼女を慰めたり勇気づけようとする言葉も全て雑音にしか



聞こえなくなってしまっていた。



そして、ちょうどそのタイミングで彼女の母親が亡くなった。



元々、病院に入院しており完治する事は無理なのだと知っていたが、さすがに



早すぎた。



彼女は一人っ子で、父親との折り合いは良くなかった。



だからなのかもしれない。



自分が天涯孤独になってしまったような気がした・・・・・。



何もかもが面倒臭くなってしまった彼女は、本当に自然に、



もう死んでしまおう・・・・・・。



そう考えたという。



そして、一度そう考えてしまうと、彼女の行動は早かった。



自分の部屋の掃除を済ませると、そそくさと車に乗って山を目指した。



どうして山を目指したのかは自分でも分からないという。



ただ、山の中でならゆっくり眠れそう・・・・・・・。



そう思ったのだという。



車で行ける所まで行った彼女は、道端に車を停めて、森の中に分け入っていく。



もう、夕暮れが近づいていた。



本来なら怖がりで1人で山に来る事など考えられなかったが、一度死のうと



思ってしまったせいか、どんどん暗くなっていく山の中を1人で歩いていくのも



少しも怖くなかった。



辺りは完全に闇に飲み込まれた。



彼女は持ってきた懐中電灯を点け、その明かりを頼りに前へと進んでいく。



ただ、死ぬ事は決めていたが野生の熊などに襲われて痛い思いをしながら



死んでいくのは御免だった。



だから、もしも、熊が目の前に現れたら、木の枝でも拾って追い払ってやる、という



無謀な事まで考えていたようだ。



車を停めてきた場所から20分くらい歩いた場所に少し開けた場所を見つけた。



ちょうどその場所には大きめの太い木が一本立っていた。



だから、彼女はその木を使って首を吊ろうと決めた。



とりあえず、木の下まで進んだ彼女は、その木の下に座り込んだ。



そして、気持ちを落ち着かせるために、吸えない煙草を吸った。



死ぬ前に一度は吸ってみようと思っていた。



しかし、落ち着くどころか、一気に咳きこんでしまい頭も少しクラクラした。



彼女はすぐに煙草の火を消すと、今度はポケットから小さなウイスキーの小瓶を



取り出して,栓を開けると、そのまま口に押し当てて、一口だけ飲みきった。



スイスキーは飲んだ事が無かったが、案外悪くなかった。



熱いものが、喉を通って胃に辿り着く。



本来なら水割りにでもすればもっと美味しく、そして体にも良いとは思ったが、



その時の彼女にはそんな事は関係無かった。



彼女は、このまま少しずつウイスキーを飲んでいき、空になった時に死のうと



決めた。



懐中電灯の明かりも消して真っ暗な森の中でウイスキーをチビチビと飲んでいる。



こんな贅沢な飲み方をしているのも自分くらいのものだろう、と思い、それが



可笑しくて彼女は少しだけ笑った。



大きな木にもたれかかってぼんやりと前だけを見ていた。



少しも怖くは無かったが、彼女の耳には色んな音が聞こえてきた。



それは、きっと小さな動物たちがこの森の中を動き回っている音なのだろう。



どんな所にも沢山の生き物たちがいるんだ・・・・・。



そう思うと、今まで彼女の身に起こった不幸の数々が何でもない事



の様に感じた。



ただ、それも、もう死ぬと決めている彼女にとっては、どうでもよい事でしか



無かったという。



その時、突然彼女の背後から誰かが近づいてくる音が聞こえた。



最初は熊なのか?とも思ったが、どうも違う。



明らかに二足歩行の人間が草地の中を近づいてくる音に聞こえた。



彼女は身構えた。



死ぬ事は決めているが、殺されるのはまっぴらごめんだった。



だから、彼女は、傍にあった懐中電灯の明かりを点けて、大きな声で、



誰?



近づいて来ないで!



と叫んだ。



すると、真っ暗やみの中から、



すみません・・・・驚かせてしまって・・・・・。



という落ち着いた男性の声が聞こえた。



声のする方を照らすと、其処には40代位の男性が笑いながら立っていた。



とても優しそうな笑顔だった。



彼女は、少しだけホッとして、



何か、ご用でしょうか?



と聞いた。



すると、その男性は、



いえ、私は道に迷ってしまって・・・・・。



でも、人に会えてホッとしました。



少し、此処で休ませて貰っても構いませんか?



と聞いてきたという。



彼女は断る理由も見つからなかったので、小さな声で、



どうぞ・・・・。



と返したという。



すると、男性は彼女から少し離れた場所に座って、



ところで、貴女は此処で何をされてるんでしょうか?



と聞いてきたという。



彼女は、自殺しにきたのがバレると面倒だと思い、



あっ、私も道に迷っちゃって・・・・。



と返した。



すると、その男性は、



あっ、それじゃ、僕と同じなんですね。



とホッとしたように言ったという。



確かに、その男性は優しそうであり礼儀も正しかったから、彼女もあまり



嫌な気持ちにはならなかった。



それどころか、その男性が喋る言葉は何故か自分の気持ちと重なる様にして



彼女の心に響いたという。



彼女が持っていたウイスキーも分け合って飲んだ。



その男性が美味しそうにウイスキーを飲んでいる姿を見ていると彼女まで



幸せな気持ちになって来たという。



彼女は自分でも気が付かないうちに次第に笑顔になっていった。



それと同時に、誰かと話すという事がこんなに楽しいものなのだと再認識



出来たという。



そんな時間がどれくらい経っただろうか。



ウイスキーの瓶が空になった。



突然、その男性はゆっくりと立ち上がり、



そろそろ、行かなきゃ・・・・・・。



そう言って彼女に微笑みかけたという。



彼女は、男性に向かって、



ありがとうございました。



とても楽しい時間でした。



と告げると、男性は、



いや、喋りすぎちゃったかな・・・・。



でも、貴女には僕みたいにはなって欲しくないから・・・。



そう、僕みたいに後悔して欲しくないから・・・・。



そう寂しそうに呟くと、そのまま再び、森の中に消えていったという。



それから彼女の頭の中では色んな思いが交錯した。



そして、夜が明ける頃になるともう自分の頭の中には自殺したいという気持ちが



無くなっている事に気付いたという。



彼女はゆっくりと起き上がって歩き出した。



そして、その時、異変に気づいた。



何かが木の枝にぶら下がっている。



まさに、彼女が自殺に使おうと決めていた大きな木の枝から何かが力無く



垂れ下がっていた。



それは、かなり自殺してから時間が経過してはいたが、間違いなく昨夜、



彼女と語り合った男性の姿だったという。



自分でも不思議だったが怖いとは感じなかった。



人間は死ねばそうなるのだという現実を突きつけられたような気がして、



その時、彼女の眼からは大粒の涙が溢れていた。



そして、すぐに来た道を戻って車に行き、山を降りて町役場へと駆け込んだ。



そして、その男性の自殺死体の事を告げると、そのまま其処にへたり込んだという。



警察からも色々と聞かれたが、彼女は自分が自殺しようと考えていた事も、



そして、自殺した男性と昨夜、一緒に過ごした事も絶対に言わなかった。



そして、彼女は、その男性の葬儀にも参列した。



自分に生きる希望をくれた、その男性に何か一つだけでもお礼が言いたかったから。



そして、今でも毎年一度、その山に入り、その大きな木の下で手を合わせてから、



ウイスキーの小瓶を置いてくるのだそうだ。



その男性が美味しそうに飲む姿を思い浮かべながら・・・・。



そして、今の彼女には沢山の友人や大好きな彼氏が出来て、父親との仲も修復され、



自殺を考える事など微塵も無くなったということである。



Posted by 細田塗料株式会社 at 23:03│Comments(0)
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