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2019年06月08日

ナイト・トレッキング

これは知人から聞いた話。



彼の趣味は山の中を歩くトレッキング。



最近、夜の街や自然の中を歩くというナイトトレッキング、もしくは、



ナイト・ハイキングというものが流行っているそうだが、彼はもうかなり



以前から夜の山の中を歩く事を趣味としている。



勿論、それほど標高の高い山を歩く訳ではないのだが、それでも、かなりの



重装備にになるらしい。



頭にはヘルメットを被り、そこにはかなり明るいライトを装着している。



そして、山の中はかなり冷えるらしく、防寒用のウォーマーなどもしっかり



装備。



そして、クマ除けとして、小さなカセットラジオを持っていくのだという。



そして、忘れてはならないのが、コーヒーとおにぎり。



朝まで歩き続ける彼にとって、朝日を見ながらのおにぎりとコーヒーは



何物にも代えがたい至福の時間を提供してくれるようだ。



いつもは、だいたい同じ山ばかりを歩くらしい。



高すぎず、それでいて人と出会わない。



そんな山が彼の理想らしい。



勿論、彼は以前はかなりの標高の山にも登っていた。



しかし、一度大怪我をしてからというもの、家族の心配もあってか、



本格的な登山は卒業し、今では夜の山を月に一度くらいの頻度で歩く事が



唯一の楽しみになっているのだそうだ。



そんな彼が一度だけ体験した怖くて不思議な話というのが、これから書く話である。



その時、彼はいつも行く山とは別の山に来ていた。



実はその山にはクマが多いと聞いていたので安全の為に避けていたそうなのだが、



その山の山頂から見る朝日は別格だ、という噂を聞いて悩んで末に思い切って



その山を歩く事に決めた。



勿論、一度も来た事が無い山だったので、遊歩道に沿ってのぼっていくルートを



選んだ。



土日が休みだった彼は土曜日の昼間に十分な睡眠をとり、荷物を車に乗せて



家を出発したのが夜中の12時頃だった。



ただ、その時、車のキーが見つからないというアクシデントが発生した。



今思えば、その時に、トレッキングを断念していれば、そんな怖い思いを



せずに済んだのかもしれないが・・・・。



結局、車のキーは見つからなかったが、万が一の為に作っておいたスペアキーを



使い、彼は車のエンジンを掛け、家を出発した。



その山までの距離はだいたい30キロくらいだった。



空いた夜の道を快調に走り、30分ほどで、その山の下にあるパーキングに



車を停めた。



そこから遊歩道に沿って、夜の山道を歩いていく。



初めての山道だったが、それなりに整備されており、案内標識もしっかりと



設置されており、とても歩きやすかった。



違和感を感じ始めたのは遊歩道に入って30分歩と歩いた頃だった。



誰かが山道を降りてくる。



女性だった。



しかも、普段着のままで・・・。



ライトも無く、リュックも背負わず完全な手ぶら状態で、フラフラと



こちらに歩いてくる。



彼は、違和感を感じながらも、



こんばんは!



と明るく声を掛けた。



すると、相手も、低く生気の無い声ではあったが、



こんばんは・・・・。



と返してくれたという。



ただ、彼は内心思っていた。



元々、誰もいない山の中を誰とも出会わずに歩くのが楽しみである彼にとって



山道で誰かと出会うというのは決して好ましい事ではなかった。



だから、その夜、その山を歩きに来た事も少しだけ後悔していた。



しかし、すぐに気を取り直して、



こんな夜中に山の中を歩いている人なんてそうそう居る者ではないから、



きっと、この先では誰にも出会わないだろう・・・・。



そう思い、また前を向いて歩きだす。



しかし、またしばらくすると1人の男性が遊歩道を下りてくる。



また、普段着のままで、そして足元もフラフラとおぼつかない様子だった。



またか・・・・・?



そう思った彼だったが、やはりすれ違う時に、こんばんは!と声をかけると、



その男性も低く小さな声で、



こんばんは・・・・・。



と返してきた。



こんな真夜中に・・・・一体どうなってるんだ?



確かに、彼が夜の山を歩き始めてから、かなりの年月が経つが、その間、



他人に出会ったのは、後にも先にも一人だけだった。



そして、たった今すれ違った男女は、山を歩く装備どころか、ライトすら



持ってはいなかった。



ライトの明かりも無しで、こんな山道を歩けるものなのだろうか・・・。



彼はそんな事を考えながらも、そのまま山道を登り続けた。



すると、それから10分ほどの間に、何人もの男や女、そして老人や子供が



遊歩道を下って来ては、彼とすれ違った。



最初の男女と同じように、完全な手ぶら状態で・・・・。



そして、その誰もが彼が、こんばんは!と挨拶すると、生気の無い声で



こんばんは・・・・・・と返してきた。



その時、彼はもう山頂を諦めて引き返そうかと思案し始めていた。



こんなに大勢の人とすれ違っているのだから、もしかしたら山頂にはもっと



沢山の人がいるのかもしれない・・・。



そして、もしも、そうだとしたら、それは自分の望む場所ではない、と。



そんな事を考えていると、また誰かが山道を下りてくるのが見えた。



女性だった。



彼は、こんばんは!と言った後で、山を降りられるんですか?と聞いたという。



すると、その女性は、低く生気の無い声で、



この山からは下りられません・・・・・。



と返してきたという。



彼はその言葉の意味が分からないまま、それでも惰性で山道を登り続けていた。



しかし、思案の末、もう引き返そう!と決断した。



そして、おもむろに彼が振り返った時、そこには彼の後ろを着いてくる様にして



沢山の人達が列をなしていた。



まるで、綺麗に整列でもするかのように一定間隔で真っ直ぐ並び、彼の後方、



10メートル位の場所を歩いていた。



それは紛れもなく、先ほどから彼とすれ違った人達だった。



彼は、



また登られるんですか?と声をかけようとしてすぐに止めた。



確かに彼の後ろを着いて来ている人達は、先ほどすれ違った人達に相違無かったが、



その眼は異様に光っており、そしてその歩き方も異様だった。



いや、歩いているというのはかなり違うのかもしれない。



人間が歩くときには必ず体が上下左右に揺れるものだが、彼らには、そんな



動きは無かった。



まるで、動く歩道にでも乗せられている様に滑るようにして山道を登っている。



その姿を見た時、彼は背中に冷たいものを感じた。



本当ならその場で叫びだしたい程の恐怖だった。



しかし、恐怖を感じている事を悟られてはいけない、とその時感じたという。



彼は再び、山頂目指して山道を歩きだした。



先ほどよりもかなり早いペースで・・・・。



そして、しばらく歩いては、チラッと後ろを振り返って、彼らとの距離を



確認した。



しかし、どれだけ早く歩いても、彼らとの距離が広がる事は無かったという。



それにしても、奇妙だった。



彼の後ろを着いて来ているのは、人数にすれば10人以上だった。



しかし、夜の闇の中に響いているのは彼の歩く足音だけ・・・。



彼は、何度も彼らが滑るようにして自分に着いて来ているのを想像しては、



恐怖で足が震えた。



しかし、歩くのを止めてしまったら、どうなるのか?



それを考えると、絶対に止まる事は出来なかったという。



だから、歩きながら水分も補給したし、たまに走る様な動作すらしたという。



しかし、彼らとの距離はどうしても広がらない。



さすがの彼も、どんどんと疲れてきて途方に暮れてしまう。



何か助かる方法はないか、と彼は必死に考えた。



そして、ある結論に達した。



彼は、遊歩道を逸れて、山の林の中へと分け入っていく。



ライトが木々に反射して視界の確保が難しかったが、それでも彼は必死に



前へと進んだ。



しかし、彼に着いて来ていた人の列も平坦な遊歩道を歩くのと同じように



滑るようにして、ピッタリと着いてくる。



しかし、それも想定内の出来事だった。



もはや、彼らを人間だとは到底思ってはいなかった。



だとしたら、物理的に歩き難かったとしても、彼らには関係ないのだろう、と



予想していた。



彼は何度も気の根につまづきながらも必死で逃げ続けた。



どれ位、そうやって逃げ続けていただろうか・・・・。



彼はある物を前方に見つけ、一気に走り寄って、その中に逃げ込み、入口の



鉄柵を降ろした。



それは、たぶんクマ様の罠だったと思うと彼は話していた。



あのまま逃げ続けていても間違いなく疲れて立ち止まってしまう。



だとしたら、何かの中に逃げ込むしかない・・・。



そして、それは狩猟をしている彼にとっては、クマやイノシシ用の罠しか、



思いつかなかったという。



彼は、その罠の中に入り、体を丸くして目をつぶり耳を塞いだ。



どうなるのか、は彼にも分からなかった。



しかし、自分が助かる希望はその罠の中ににしか無いのだと



自分に言い聞かせた。



周りを静寂が包んでいた。



彼はそっと目を開けてみる。



彼は、またすぐに目を閉じて耳を塞ぎ、体を出来るだけ小さく折り曲げた。



そう、彼の入った罠の周りには、先ほどのモノ達よりも、更に多くの



亡者達が取り囲んでいた。



その姿はもはや人間の体を成してはいなかった。



バケモノ・・・・・。



彼は心底、恐怖した。



いつもは、動物を罠にかけて捕まえる筈の檻が、彼の唯一の生命線に



なっていた。



彼は悲鳴すら出さなかった。



もしも、この檻の中に入っている事であいつらの目をごまかせられないものか、と。



しかし、それは無駄な事だったのかもしれない。



恐怖で固まり檻の中央で震えている彼の服やリュックを誰かが触るような



感覚があった。



それでも、彼は身を固くして必死に耐え続けた。



彼の頭には、無数の亡者達が檻の外から手を伸ばして彼の体を手繰り寄せようと



している様子が手に取るように伝わって来たという。



そして、どれだけの時間が過ぎただろうか・・・・。



辺りには朝日が差し込み始め、完全なる朝が来た。



そして、朝が来た事は彼にもはっきりと分かっていた。



しかし、彼は、決してその檻の中から出ようとはしなかった。



彼が檻から出てくるのを何処かで亡者達が待ち構えている様な気がして



ならなかったから・・・・。



結局、彼はその日の午後に、罠の様子を見にきた地元猟師に発見されて助け出された。



必死に、その夜の恐怖を話す彼の話を、その猟師は、



この山は夜には近づいちゃいけない・・・・。



そういう山だから・・・・。



と言って、決して呆れた様な顔はせず、



運が良かったな・・・・。



とだけ言ってくれたという。



それから、彼はもうその山には近づいてはいないが、それでも馴染みの山での



ナイト・トレッキングはやはり止められないのだという事だ。


Posted by 細田塗料株式会社 at 23:09│Comments(0)
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