2019年06月08日

パワーウインドゥ

これは俺の友人から聞いた話である。



彼が車を買う時の判断基準はとにかく装備が充実していない事。



とにかく、最低グレードの車を選ぶ。



しかも、ギアがオートマではなくマニュアルシフトなら最高らしい。



以前の彼はこうではなかった。



普通の人と同じようにオートマを好み、装備の充実した車を選んで乗っていた。



彼の考えが変わったのには訳があった。



これから書くのはその理由についてである。



その時、彼は車で関西地方へ出張に出掛けていた。



彼の会社では関西方面への営業者での出張の際、1泊だけの宿泊が認められていたそうで、



申請だけでホテルの領収書は必要なかったらしく、彼はその制度を利用して



ビジネスホテルに泊まった事にしては出張の宿泊代を浮かす為に車の中で



車中泊する事が多かった。



現在では、しっかりと領収書を出さなくては行けなくなったらしく、そんな事も



出来なくなってしまったらしいが、その当時は営業マンの殆どは出張の際、同じ



様な手段で宿泊代を浮かしては、1日8千円というお金を懐に入れていたそうだ。



そして、その時も大阪のお客さんとの打ち合わせが午後7時頃終わった彼は、



そのまま車を走らせて滋賀県内まで来てから、コンビニでパンとジュースだけの



夕食を済ませて、車の中でぼんやりと過ごしていた。



季節は冬だったらしく、ガソリンスタンドで満タンにした彼は、静かそうな



公園を見つけ、その駐車場に車を停めた。



大きな森に囲まれた公園と、そして広い駐車場。



アベックの車が、いかにも集まりそうな駐車場だったが、彼の他には停まっている



車は一台も無く、彼はしばらくの間、携帯でゲームを楽しんでいたがすぐに



眠くなってしまい、そのまま車のドアをロックしてエンジンを掛けたまま



シートを倒して眠りに就いたという。



ふと彼は何かの音で目が覚めた。



時刻を見ると時計の針は午前2時半を少し回っていた。



エアコンを効かせ過ぎたのか、車内がやけに暑く感じた。



寝汗まで書いている始末だった。



彼はゆっくりと起き上がり、エアコンの温度を下げた。



外の気温がかなり低いのか、車の窓は完全に曇っていたという。



すると、彼の耳に突然、カツカツ・・・・・カツカツ・・・・・



という音が聞こえてきた。



そうだ、俺はこの音で目が覚めたんだ・・・・・。



そう思い、彼はその音に耳を傾ける。



カツカツ・・・・カツカツ・・・・カツカツ・・・・カツカツ・・・・。



まるで、固いハイヒールの靴でアスファルトの地面を歩いている様な音。



しかし、不思議だった。



彼が車を停めた駐車場は、地面が剥き出しになっていた筈だった。



柔らかい地面の上をハイヒールで歩いても、カツカツという音はしないはずだった。



しかも、時刻は午前2時半を回っている。



そんな時刻に女性がハイヒールを履いて歩きまわっているなど考えられなかった。



彼は静かに起き上がると曇っている窓ガラスを手で拭いた。



外の様子を確認する為に・・・・・。



足音の様な音はまだ聞こえていた。



だから、彼はその音の正体を確かめようと思っていた。



しかし、彼の手が窓の曇りを拭き取り、外の様子が見えた時、彼は思わず



うわっ!



と大声をあげて助手席の方へと飛びのいてしまう。



その窓には、一人の女が窓の外からこちらを見ていた。



長い髪のその女はコートの様な服を着て大きく前屈みになった状態で覗きこむように



車内を見ていた。



眼だけがギョロっとしたまま、動き回り、車内をくまなく見渡している。



彼は静かに音をたてないように再びシートに横になった。



あれ程近くで顔を突き合わせたのに、どうやらその女には彼の事が



視えていないように感じた。



息を殺して彼はじっとしていた。



彼にはその女がとても人間の女には思えなかったから・・・。



そして、考えた。



今、目の前に女がいるというのに、まだあの足音は聞こえ続けている。



という事は、今目の前にいる女の他に、まだ誰かが近くにいるという事なのか?と。



そう考えると不安でいっぱいになった。



まるで、この世の中に孤立した存在になった様に感じたという。



心臓の音が耳のすぐ近くで聞こえていた。



シートに横たわり運転席の窓を見ている彼の眼には、ずっとその女の眼だけが



キョロキョロとせわしなく動くのが見えていた。



まるで、何かを探しているかのように・・・・。



生きた心地がしなかった。



いつ、その女が窓をどんどんと叩いてくるのか、とビクビクしていた。



しかし、次の瞬間、その女の顔は的から離れていき、そして見えなくなった。



そして、それと同時に外を歩き回るハイヒールの音も聞こえなくなっていた。



しかし、そんな体験は初めてだった彼にとって、先ほど見た女の顔は



恐ろし過ぎた。



彼は心臓の速い鼓動が収まり、気持ちが落ち着くまでそのままの体勢で



過ごした。



そして、10分ほど過ぎた頃、ようやく体を起こしてもう一度外の様子を



確認する勇気が持てた。



外には誰もいなかった。



街灯に照らされた静かな夜の駐車場が広がっているだけ・・・・。



彼はホッとしてシートを起こした。



そして、その時、自分の喉がとても渇いている事に気付いた。



運転席から出たほんの数メートル先には缶ジュースの自動販売機が明るく



闇の中に浮かび上がっている。



どうして、さっさと車でその公園から出て、街中の自動販売機を探そうと



思わなかったのかは自分でも分からないと言った。



彼は、あろうことか、静かに車のドアのロックを解除してゆっくりと外に出た。



車から体を半分だけ出して辺りを確認した。



しかし、先ほどの女の姿は何処にも見つからなかったという。



彼は寒い空気が車内に入らないようにと、自分が車外に出るとしっかりと



運転席のドアを閉めた。



そして、ゆっくりと自動販売機の方へと近づいていく。



先ほどの恐怖はまだ鮮明に残っていたが、走れば尚更恐怖が増すような気がした。



彼は、ポケットから小銭を出して冷たい炭酸飲料と、そして暖かいコーヒーを



買った。



どちらも好きな銘柄ではなかったが、そんな事はどうでも良かった。



ただ、喉の渇きをうるおしたい・・・・・。



そう思っていたから。



そして、2本の缶ジュースを持って車の方へと向いた時、彼は絶句した。



そこには、先ほど、車内をのぞきこんでいた女が助手席側の窓の横に立っている



のが見えたという。



車の高さと比べても異様に高い身長だった。



自分の身長の2倍くらいあるように見えたという。



その女も車の反対側から、こちらをじっと見ており思わず目が合ってしまった。



虫の音も、そして風の音すらも聞こえなくなっており、まさにこの世界の中に



自分とその女だけが存在しているような錯覚にとらわれてしまい思わず



ぞっとした。



どちらも身動きひとつしない時間が続いた。



その時、その女が笑った。



顔に亀裂が走るようにニンマリと不気味に笑ったのだ。



その顔を見た時、彼は頭で考えるよりも早く体が動いていた。



彼は手に持っていた缶ジュース2本を、その女の方へと投げつけ、



いっきにダッシュして、運転席のドアノブに飛びつくと、一気に車の中へと



逃げ込んだ。



そして、ドアをロックすると、体全体で深呼吸した。



まさに生きた心地がしなかったという。



彼はオートマのギアをドライブに切り替えて一気にその場から逃げようと



した。



その途端、音も無く車のエンジンが停止した。



慌てた彼はすぐにセルを回してエンジンをかけようとしたが、全く



反応が無かった。



どうなってるんだ?



彼の恐怖は頂点に達した。



しかし、車のドアはしっかりとロックされていたから、万が一にも車の中へ



入って来られる事は無いだろう、と決めつけていた。



女の体が車の周りをぐるぐると回っているのが分かった。



そして、その時、彼は偶然、目にしてしまった。



その女の体には下半身というものが無く、上半身だけで動き回っている事。



そして、下半身は、といえば、その女の動きとは関係無しに、駐車場の上を



歩き回っていた。



そして、その足にはハイヒールが履かれており、柔らかい地面の上を歩く度に、



カツカツという音を出していた。



確かに下半身も怖かったが何より、宙に浮かんではぐるぐると車の周りを



飛び回っている上半身が彼には恐ろしかった。



彼は車の中でガタガタと震えていた。



自分がこんなに怖がりだとは思っていなかったが、とにかくハンドルさえまともに



握れない程、両手が震えていたし、足も、そして歯もガチガチと音を立てて



震えているのが自分でも分かったという。



彼にとって、車という外からは簡単に入れないスペースに身を置いているのが



唯一の救いであり、最後の砦だった。



あいつは、さっき、俺が車の中へ逃げ込んだ時、自分は助手席へ入って来ようとは



しなかった。



という事は、きっとあいつは自分ではドアを開ける事が出来ないのだろう・・・。



そう思うと、少しだけ気持ちが落ち着いたという。



しかし、そんな彼の唯一の希望もすぐに断ち切られてしまう。



突然、車のドアのロックが一斉に解除され、そして全ての窓が勝手に



開いていく。



勿論、彼は何もしていない。



彼はパワーウインドゥのスイッチを押して必死に窓を閉めようとしたが反応は無く、



ドアのロックも、再び、閉めようとするがびくともしなかった。



そして、ハッと視線を感じ、顔をあげると、そこには、女の大きな顔があった。



薄気味悪い満面の笑みを浮かべて・・・・。



一瞬、視線が合ったと思った次の瞬間、その女は車の中へと上半身を入れてきた。



まるで蛇のように長く、そしてうねうねとした体だった。



その様子を見ながら、彼はその場で意識を失った。



それから、どれだけの時間が経過しただろうか・・・・。



彼は窓を叩く警官に呼びかけで意識を取り戻した。



そして、その時には彼の車は、ちょうど駐車場の端に在るモニュメントに突っ込んだ



状態で停止していた。



モニュメントの尖った部分が彼の顔のすぐ前まで迫っており、思わず彼は



ゾッとしてしまった。



結局、その事故は警察によって自損事故として処理されたようだが、何故か



その時、車のドアはロックされており、窓も全て閉まった状態だったという。



それから、彼はパワーウインドゥの付いた車には決して乗らなくなった。



きっと、オートマでなかったり、パワーうインドでなければ、あんな事故を



起こさなくても良かったかもしれない・・・・・。



それが、彼の結論だったらしい。



ただ、俺に言わせれば、その公園の駐車場でその女に魅入られてしまった時から、



何をどうしても結果は同じだった様に思えるのだが・・・・・。


Posted by 細田塗料株式会社 at 23:14│Comments(0)
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