2019年06月08日

忘れ物

これは知人女性が体験した話である。



彼女は今でこそ健康であり仕事もバリバリこなし趣味も多彩で、週末の



ジム通いも欠かさない程、元気いっぱいの女性なのだが、幼い頃は体が弱く



空気の悪い都会を避けて母親と二人で母方の実家に数年間住んでいた



事があるのだという。



両親が別居する事になったが、父親も彼女の健康を最優先に考え、単身赴任



での仕事を頑張っていたという。



母方の田舎というのは、東北のとある県であり、近くには大きな湖も在り、とても



自然が豊かな地域だった。



元々は都会で生まれ育った彼女だったから最初はあまりの不便さに家から出る事も



せず、毎日、小学校と家を往復するだけの生活になった。



とはいえ、学校でも彼女は馴染む事が出来なかったため、1人も友達が出来ない



という寂しい小学校時代を送っていた。



母方の実家は農家であり、それなりに大きな田畑を所有していた。



だから、彼女は学校から帰ると、叔父や叔母、そして祖父母が農作業に精を出して



いるのを、ただぼんやりと眺めている事が多かった。



ただ、確かに小学校の低学年の頃は友達も出来ず、孤独な生活を送っていたが、



高学年になる頃には、田舎の生活にも馴染み、友達も沢山出来ていたという。



そして、成人し、立派な社会人となった彼女は、結婚を前に、もう一度



自分が幼い頃を過ごした母方の実家を訪れてみたいという強い衝動に駆られた。



何か、結婚前にしておかなければいけない忘れ物があったような気がしたから。



思い立ったら即行動がモットーの彼女は、すぐに会社に有給休暇の届け出をして



その日のうちには東北に在る母方の実家に到着した。



連絡もしないで突然やって来た彼女に叔父も叔母も、とても驚いたが、元々



広い田舎の一軒家だったから、泊まる場所に苦労する事も無く、すぐに彼女



にとっての結婚前の最後の有給休暇がスタートした。



とはいえ、突然、母方の田舎にやって来た彼女だったが、その土地は昔と全く



変わらず、本当にやる事が無かった。



だから、彼女はぼんやりしながらも、必死で自分が忘れている筈の「しなくては



いけない事」を必死に思いだそうとした。



しかし、全く何も思いたせなかったので、彼女は、当時の友達や従兄弟の所を



回って、その何かを思い出そうとしていた。



しかし、何処へ行っても誰と会っても、何も思い出せない日が続いた。



そして、もう有給休暇も残り一日となった頃、彼女は当時、友達も出来なかった



自分がしていた事と同じ事をしてみようと思ったという。



当時、住まわせてもらっていた部屋に考えたり、当時通っていた小学校にも行った。



しかし、やはり何も思い出す事は出来なかった。



おかしいな?



絶対に何かを忘れているはずなのに・・・。



そう思いながら、彼女は農作業に精を出している叔父と叔母にお別れの挨拶を



しようとして、昔、よく通った畑に出向いたという。



そして、其処のあぜ道に座り、昔と同じようにぼんやりと農作業を見ていた時、



彼女はある事を思い出した。



それは、当時、友達もおらず1人であぜ道に座っていた時、突然、彼女に声を



掛けてきた女の子が居たという事だった。



その女の子は最初、もじもじしながらも、彼女に小さな声で、



こんにちは・・・・何処から来たの?



と声を掛けてくれたのだという。



人見知りが強かった彼女だったが、何故かその女の事はすぐに打ち解ける事が



出来た。



そして、その女の子と二人で、田舎の色んな場所に出掛けては、色んな事を



教えて貰った。



田舎での遊び方、危険な場所も教えてもらったし、二人で牛や豚にいたずらを



して見つかり、必死で逃げた事も思い出した。



そんな関係は、彼女が元気になり、友達が沢山出来てからもずっと続いていた。



だが、彼女が健康になり、いよいよ都会に戻るという時に、二人はこんな



約束をした。



それは、”一生結婚しないでいようね!”というものだった。



どうして、そんな約束をしたのかは思い出せなかったが、確かにその女の子と



そんな約束をしたことだけはしっかりと思いだす事が出来た。



ただ、彼女は、その年に結婚する事が既に決まっていた。



だから、静かに両手を合わせ、



ごめんね。約束を破っちゃって・・・・。



でも、ずっと友達だから・・・・。



そう心の中で呟いて、山の方角に向ってお辞儀をしたという。



その時、彼女の中では、既にその女の子が人間ではない、という事が薄々分かって



いたのかもしれない。



そして、母方の実家を離れて、都会に戻って来た彼女だったが、それから彼女の



周りでは不思議な事が続く様になる。



携帯に知らないうちに着信が入っており、そこには相手の番号すら表示されて



いなかったり、彼女が通勤で電車を利用する際、何故か誰も彼女の周りに



近づいて来なかった、また、車を運転していても何故か誰かが一緒に乗っている



様な感覚に襲われてしまったり・・・・。



そのどれもが、実害が伴うものではなかったので彼女もさほど気に留めなかった



らしいが、そのうちに、その不思議な現象というのが、彼女の身近で発生



するようになる。



部屋にいてても常に誰かに見られている様な感覚になった・・・。



寝ている時、金縛りに遭い、誰かがずっと彼女の頭を撫でていた・・・・。



結婚する予定の彼氏と電話していると、混線したかのように、誰かの声が



混じって聞こえる様になった・・・・。



出掛ける前と帰宅した時とで、家の中が何処か違っている・・・・。



そのどれもが、気のせいではなく、実感として分かる程のものだった。



彼女は、恐怖した。



そして、こんな風に考えた。



きっと、あの子が起こってるんだ・・・・。



私が約束を破って結婚してしまうから・・・・。



そして、そんな大切な約束を私がずっと忘れてしまっていたから・・・・。



彼女は、毎日、朝と夜に、東北の方角に向って手を合わせ必死に許しを乞う



為に祈ったという。



そして、いよいよ、結婚式が近づいてきたある日、彼女は残業でかなり遅くに



帰宅した。



自宅のあるマンションの他の部屋の明かりは既に消えており、彼女は何かに



後を付けられている気がして小走りに部屋の中へと逃げ込んだ。



だが、部屋の中に入ると、空気がいつもと違っていた。



何か重苦しい空気感。



そして、ずっと耳鳴りも続いていた。



明日の仕事もあったので、彼女は早めに寝ようとしたがやはり怖かったので部屋の



明かりを点けたままにして眠ったという。



仕事の疲れもあり、彼女はすぐに眠りに付いた。



そして、彼女が目覚めたのは真夜中の午前2時過ぎだった。



金縛り状態で体が全く動かなかったという。



そして、点けたまま寝た筈の部屋の明かりも消え、部屋の中は真っ暗になっていた。



心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。



体中にびっしょりと冷たい汗をかいていた。



すると、その時、何かが玄関を開ける音が聞こえた。



玄関の鍵はしっかりと掛けた筈だった。



そして、真っ暗な部屋の廊下を何かが近づいてくるのが分かった。



ペトッ・・・ペトッ・・・



それは、誰かが裸足の足で廊下を歩く音にしか聞こえなかった。



彼女は恐怖で硬直し、心の中で必死に謝り続けた。



ごめんなさい・・・約束を破って・・・・・でも、やっぱりどうしても



彼と結婚したいの・・・・・。



そう言って彼女は謝り続けたという。



それでも、その何かは止まることなく彼女に近づいてくるのが分かった。



ペタッ・・・・ペタッ・・・・・ペタッ・・・・ペタッ・・・・。



その足音は彼女が寝ているベッドのすぐ近くまで来ていた。



真っ暗な部屋の中におかっぱ頭のシルエットだけが浮かび上がった。



それを見た、彼女は、



やっぱり、あの子だ……許してください・・・・・本当にごめんなさい・・・。



そう言って、心の中で必死に謝り続けた。



その時、何かが彼女の耳元に近づいたのが分かった。



そして、次の瞬間、



ごめんね・・・・怖がらせて・・・・。



でも、約束を果たしに来ただけだから・・・・・・。



さよなら・・・・。



そんな声が聞こえたという。



そして、次の瞬間、彼女の金縛りは解け、部屋の明かりも勝手に点灯した。



もう、重い空気感も、そして耳鳴りも消えていた。



上半身を起こした彼女は、恐怖の中で必死に考えたという。



あの女の子が言った言葉の意味を・・・・・。



そして、すぐに思い出す事が出来たという。



彼女は急いでベットから起き上がると、玄関まで走って行った。



すると、そこには、綺麗な花と野草で作られた大きな花のリングと、小さな赤い



帽子が置かれていたという。



それを見て彼女は泣き崩れた。



実は、その女の子との約束には続きがあった。



”一生結婚しないでいようね!”と二人は固い約束を交わしていた。



しかし、その後には、



”だから、お互いの一番大切なものを交換しよう”



”それでも、もしも結婚してしまうのなら、その時には交換した物をお互いに



返す事にしよう”



”お互いの幸せを祈って・・・・・”



”その為に、さようならをしなくちゃいけないから”



そんな続きが。



そして、大きな花のリングと一緒に置かれていたのは紛れもなく、彼女が



その女の子に渡した大切な物、に他ならなかった。



馬鹿な私は、勝手にあの子の事を怖がったりして・・・・。



あの子はこんなにも祝福してくれてるのに・・・・。



それに、私の周りで起きていた不思議な出来事も、私が感じていた気配も



全てあの女の子が私を蔭から護ってくれていたに違いないのに・・・。



私が結婚する時まで無事でいられるようにって・・・・。



そう思うと、彼女は涙が止まらなくなった。



そして、恐怖心は、いっきに懐かしさと自責の念に変ったという。



その後、彼女は無事に結婚し、子宝にも恵まれ、充実した毎日を送っている。



そして、これは後日談だが実家の自室にあの子から預かったままの大切な竹トンボ



が入れられたままになっている箱が置かれている事を思い出した彼女はすぐに



実家に戻り、その箱を開けてみたが、既にその箱の中には何も残されては



いなかったという事である。



Posted by 細田塗料株式会社 at 23:20│Comments(0)
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