2019年06月09日

絵の中の女

これは俺の知人が体験した話。



彼と最初に出会った時、彼は自分の事を画家だと言った。



美術系の大学を卒業し、その殆どが生活の為に芸術を生業とするのを



諦め、全く別の道へと進んだらしいが、彼は画家として生きる事を選んだ。



毎日、キャンバスに向かい筆を持たない日は無い。



そして、個展を開いたりしながら自分の絵が評価され、購入して貰える時が



最高らしいのだが、実際に彼の生活の糧となっているのは、彼が書いた絵の



代金ではなく、あくまでバイトとしてやっている絵画教室の講師としての



給料なのだという。



つまり、絵というのはかなり著名な作家にでもならない限りは、そうそう



売れるものではないらしい。



確かに、彼が自分で書いた絵に付けている値段を聞くと、さすがにそれだけの



お金を払ってまで絵画を購入する人など、なかなか居ないのも納得してしまう。



しかし、彼はあくまで画家であり続ける事に拘る。



毎日、朝起きてから寝るまでの間、バイトや食事の時間を除くと、そのほとんどの時間



を自室で絵を描く事に費やしている。



そんな彼がある時、俺にこう打ち明けた。



最近、絵を描くという事が怖くて仕方ないんだ・・・・。



彼はまるで何かに脅えている様な眼で俺にそう話した。



だから、俺は、一体何があったのか?と聞いた。



そして、これから書く話がその理由というものになる。



彼が好んで描くのは人物画。



しかも、女性をモデルにした絵を描くのが昔から好きだったという。



その女性の内面が浮かび上がる様な絵を描きたいといつも思っているのだという。



だから、これまでに、本当に多くの女性をモデルにした絵を描いてきた。



勿論、プロやセミプロのモデルを雇い絵を描く事もあったらしいが、元々



経済的に余裕が無かった彼にとって、その時々に付き合っている彼女をモデルに



して絵を描く場合が多かった。



そして、その歴代の彼女達の中に、とても美しく、モデルとしても一級品と



呼べる女性と付き合っていた時期があった。



なんでも、その女性をモデルにして絵を描き始めると、まるで自分の技量が上がった



かのように、筆が進んだ。



そして、それを裏付ける様に、その女性を描いた1枚の絵は、幾つものコンクールで



輝かしい評価を受け、沢山の賞も受賞したのだという。



その絵の評価がきっかけとなり、彼は画家として生きる道を選んだといっても



過言ではない、と言った。



だから、彼はどれだけ望まれても、その絵だけは絶対に手放す事は



しなかったという。



ずっと傍に置いておきたい・・・・。



そんな大切な絵だったという。



しかし、ある時期、経済的に困窮していた彼は、生活の為にその絵を売ってしまう。



かなりの高額な代金を提示され、やむなくその絵を手放した。



彼はその後、ずっと後悔し続ける事になった。



しかし、1年も経たないうちに、その絵の買主から、連絡が入る。



お金は要らないから、買い取った絵を引き取って欲しい・・・。



そんな申し出の電話だったという。



彼は二つ返事でその申し出を受け入れて、その絵を引き取る事にした。



そして、その絵を引き取る際、その理由を聞かされた。



それは、その絵を所有したからずっと悪い事ばかりが起こる。



身内に不幸が続き、全てが上手くいかなくなった・・・・。



そして、最近では、夜、寝ていると、ヒソヒソという話声が聞こえる様に



なったのだと聞かされた。



そんな馬鹿な・・・。



彼はそう思った。



実際、その絵が彼の手元に在った時には、何も不思議な事や不幸など



起こった事は無かったのだから・・・。



だから彼は何も心配などせずに、その絵を引き取った。



ところが、その絵を引き取ると、すぐにおかしな夢を見る様になった。



夢の中で彼は、相変わらず絵を描いていた。



しかし、いつもよりも筆が進み、まるで当時に戻れたかのようだった。



そこで彼は初めて気付いた。



自分があの当時の彼女をモデルにして絵を描いているのだという事を。



自分がその頃に戻って若返っているのだは無く、現在の自分が当時の



彼女をモデルにして絵を描いている。



それはとても不思議な感覚だった。



しかし、まるで全盛期に戻ったかのような筆の進み具合に彼は、とても嬉しい気持ちに



なったという。



そして、いつも彼はそんな幸せな気持ちの中で夢から目覚めた。



そんな日が何日か続いた頃、彼は当時の彼女にもう一度連絡を取りたくなったという。



そこで、彼は手を尽くして当時の彼女の連絡先を探したが、手掛かりさえ掴めない。



いや、それどころか、当時の友人達に聞いても、そんな彼女なんて知らないけど?



という返事しか返って来なかった。



それでも、彼は必死に彼女の行方を追った。



そして、ふと、不思議な事に気が付いたという。



それは、夢の中でその彼女をモデルにして絵を描いているのだが確かに自分は



正面からの構図で絵を描いていた。



しかし、夢の中の彼女はいつも彼に背中を向けていた。



だとしたら、自分はどうやって彼女の顔を描いているのだろう?



それが自分でも不思議だったという。



だから、彼はある日の夢の中で彼女にこう言った。



こっちを向いてくれないか?と。



すると、彼女は、



そっちを向いてもいいの?



と聞いてきたという。



不思議な事を聞いてくるものだと思いながらも彼は彼女に、



ああ…勿論・・・はやくこっちを向いてくれよ!



と返したという。



そして、その日以来、彼女は毎晩少しずつ彼の方へと体を向けてくる様になった。



どうして、一気にこちらを向かないのか?



彼にはそれが不思議だったという。



しかし、その不思議はやがて恐怖へと変わっていく。



毎晩少しずつ、こちらを向いてくる彼女は、1週間もすると、その横顔が



はっきりと見える様になったのだという。



しかし、そこで彼は愕然としてしまう。



その横顔は明らかに彼の知らない女の横顔だった。



いや、正確に言えば、とても人間の女とは思えない横顔。



髪は抜け落ち、頬はこけてガリガリな顔で顎が異様に前方へと飛び出していた。



しかし、顔と体の大きさのバランスが明らかに異様だった。



彼はその顔を見た時から恐怖に駆られるようになったが、それでも毎晩、その夢は



彼の前に現れた。



そして、もう殆ど、その女の顔が見える程、正面の向きに近くなった時、彼は



その女がうすら笑いを浮かべているのが分かり、その恐怖はより強くなった。



そして、もしかしたら、女の顔が完全にこちらを向いた時、自分が死んでしまう



のではないか、という確信めいたものを感じる様になる。



さすがに耐えきれなくなった彼は、きっと、あの絵を破るか燃やすか、すれば



自分の命は助かるように気がしたらしく、急いで閉まってあったその絵を



取り出し、すぐに燃やしてしまおうとした。



そして、その場で固まったという。



その絵には、当時の彼女の顔が描かれている筈だった。



しかし、そこには紛れもない夢の中に出てくるあの女の顔がはっきりと



描かれていた。



彼は結局、その絵を処分する事は叶わず、そのまま俺を通じて富山の住職の寺



へと持ち込まれた。



それから、怪異は起こってはいない。



しかし、彼はそれから何度か衝動的に自殺を図るようになってしまった。



そして、彼は最後にこう言っていた。



あの絵のモデルになってくれた彼女は連絡が付かないばかりか、生きていたという



証すらどこにも残っていないんだ・・・・。



だから、彼女が本当に実在していたのかも今の自分には分からなくなってしまった。



そして、もしも、彼女が実在していなかったのだとしたら、自分はいったい



誰をモデルにしてあの絵を描き上げたのだろうか?と。



それを聞いて俺はこう思った。



もしかしたら、彼はその当時、その絵を描きあげた時からその女に魅入られて



しまつたのではないのか?と。



だとしたら、彼はあとどれくらい生きられるのだろうか?


Posted by 細田塗料株式会社 at 18:18│Comments(0)
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