2019年06月09日

コンサートホール

これはイベント関係の設営の仕事をしている知人の体験した話である。



彼の勤める会社では、ライブコンサートなどの設営を主な仕事に



しているそうだ。



それぞれの施設にはそれぞれ担当が決まっており、彼が担当するのは、それなりに



大きな収容人数を持った施設になる。



ライブの前日などには、殆ど徹夜での作業になるというが、それ以外の時には



他の施設の応援に回るくらいしか仕事は無いというのだから、楽なのか、



大変なのか、よく分からない仕事である。



そんな彼なのだが、ある日、その日に終わったライブの撤収作業をしており、



終わったのは午前0時を回っていた。



車で一度会社に戻り、帰宅しようとした時、彼は翌日に使用する備品を



そのコンサートホールに忘れてきた事を思い出した。



そこで彼は悩んだという。



確かにコンサートホールというのは人が沢山いる時は賑やかで活気もあるが、



ひとたび、其処に人がいなくなると、本当に不気味な場所だということを



知っていたから・・・・。



しかし、やはり翌日の仕事の都合上、その備品を取りに行かない訳にはいかず、



彼は重い腰を上げて、再び車でそのコンサートホールへと向かった。



入口には、顔見知りの警備員さんが居り、彼が忘れ物をした事を告げると、



御苦労さん!と言いながら、中へと通してくれた。



ホールへと通じる廊下は薄暗く、自分の靴音だけが耳に痛く響く。



彼はついつい早足になり、忘れ物が置いてあるはずの舞台の方へと向かった。



非常灯だけがぼんやりと点いた中を歩くのはかなり勇気が必要だったが、



それでも少しでも早くその場からさっさと忘れ物を取り、帰路に就きたかった



彼は、勇気を振り絞っていたのかもしれない。



舞台のそでまで来ると、彼はすぐに舞台の照明を点けようとした。



しかし、何度押しても舞台の照明は全く反応しなかったという。



これは困った・・・・。



暗い中で忘れ物を探すのは大変だぞ・・・・。



そう思っていると、舞台の客席の方からザワザワとした人の声の様なものが



聞こえてきたという。



え?・・・・なんで?



もう誰も居る筈がないだろ?



そう思った彼はゆっくりと、そして静かに舞台のそでからカーテンをめくってみた。



不思議とその時は恐怖は感じなかったという。



そこに誰か人がいてくれる・・・・普通なら在りえない事だったのだが、その時の



正常に思考出来なくなる程の心細さが彼の意外な行動を後押ししたとしか思えない。



そこは完全な暗闇が広がっていたという。



もっとも照明が点かないのだから、それも当然のことだろう。



しかし、彼は客席の方から説明できない何かの存在を感じてしまい、そのまま



じっと客席を見つめていた。



自分の心臓の音だけが大きく聞こえていた。



そのうちに、彼は、ハッと我に返ったように、



俺はどうしてこんな所で何を見つけようとしているのか?



と思い、すぐに再びカーテンを降ろした。



が、すぐに彼は自分の忘れ物が舞台に置かれているであろう事を思い出し、



急いで、またカーテンをめくり、舞台の方へ足を進めた。



暗闇の中とはいえ、先ほどよりもかなり暗闇に目が慣れてきているのが



自分でも良く分かったという。



それでも手さぐりに近い状態で、何とか忘れ物を見つけ、それを手に取ると



そそくさと舞台のそでに戻ろうとした。



その時、またしても客席の方から何か大勢の気配を感じた彼は、思わず



客席の方を見てしまい、そのまま固まったという。



そこには、無数のぼんやりとした、まるで白黒映像のような人間が沢山



座って、前方を見ていた。



視ていたのは彼の方ではなく、舞台の中央になる場所だったという。



だから、彼は舞台のそでに体を半分程入れたまま、舞台の中央へと



視線を移したという。



最初は其処に何か石像の様なものが立っているように見えたという。



しかし、目を凝らしてそれを見た時、彼は恐怖で身動き出来なくなってしまう。



そこに立っていたのはとても大きな女だった。



その身長の大きさとは反比例するように針金の様に細い体。



そして、長い髪の間から見える長く伸びた顎は、とても人間と呼べるモノ



ではなかった。



固まったままの彼は必死で恐怖を堪えていた。



そして、その女がこちらを向くのを恐れていた。



その瞬間、客席の方から拍手の様な音が聞こえたという。



しかし、恐怖で固まった彼は、既にその女から視線を外せなくなっていたという。



そして、ゆっくりと、とてもゆっくりとした動きでその女の顔がこちらを向くのが



分かった。



やめろ!・・・・こっちを見ないでくれ!



彼は心の中でそう叫びながらも、視線はその女から外せない。



そして、ゆっくりと首ではなく体ごとこちらへと回転する女の顔が



彼の方を向いた時、彼は心臓が止まりそうになった。



真横から見る女の顔とは違い、正面から見る女の顔は、まるで狐の顔を



細くしたような不気味すぎる顔をしていたという。



そして、その時、彼は客席の無数の顔も彼の方をじっと見つめている事に



気付き、大きな悲鳴を上げたという。



そして、自分の悲鳴のお蔭なのか、彼の体は自由を取り戻し、なかば



腰を抜かしたようにその場に尻もちをつきながらも、彼はその場から



何とか走り出す事が出来たという。



それと同時に、



ウオーン・・・・ウオーン・・・・



と何かの合唱かと思える声が聞こえだした。



そして、走ってその場から逃げる彼の背後からは、皮靴で歩くような



コツコツコツコツ・・・・・



という音が聞こえてきて、その音がどんどんと近づいてくるのが分かった。



彼は必死でその音から逃げようと走っていたが、まるで自分の動きが



スローモーションになってしまったかのようになかなか前へ進めなかった。



彼は必死で、助けを呼び続けていたが、その声すら自分の耳の中だけで



響いているだけで、全く声にはならなかったという。



そして、背後からの足音はどんどんと近づいて来て、彼のすぐ後ろから



聞こえる様になった。



彼は何度も諦めそうになったがそれでも必死に走り続けて、先ほど通って来た



警備員室が遠くに見える場所までやってきた。



すると、突然、背後からの足音が消える。



変な叫び声ももう聞こえてこない。



それでも、彼は、早く建物から出たい一心でそのまま走り続けたという。



そして、警備員室まで来た時、部屋の中から



どうしまたしか?



と聞かれた彼は、初めて安堵し、その場に立ち止まったという。



彼は息の切れた声で、



あの・・・・あのさ・・・・それが・・・・・。



そう言って何があったかを説明しようとして、再び舞台へと続く廊下の方を



向いた時、彼はその場で意識を失った。



彼の目の前には、先ほど舞台の真中に立っていた女の顔が、アップで視えてしまった



ということだ。



その後、彼は警備員に起こされて意識を取り戻したそうだが、警備員は何も見ていないし、



何も聞いていないという事だった。



彼は恐怖で幻でも見てしまったのだろう・・・・。



皆がそう言ったらしいが、それ以来、彼がその会場に行くと常に迫ってくる様な



靴音が聞こえるようになってしまい、結局、彼は別の会場の担当へと部署を



変えられたという。



そして、会場が変わった今でも、例え忘れ物をしたとしても絶対に夜中に



忘れ物を取りに戻る事はしなくなったという事である。


Posted by 細田塗料株式会社 at 18:23│Comments(0)
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