2019年06月09日

彼の転居先

彼は俺の古くからの友人。



どちらかといえば、人付き合いが苦手なタイプの彼だから、きっと



そんな場所に移り住んだのかもしれない。



そう彼の住んでいる家というのは、ある有名な自殺スポットのすぐ近くである。



元々は金沢市の中心部に住んでいた彼なのだが、親戚の家族の転勤が決まり、



その間、代わりににその家に住んでくれる人を探している時に、彼は自ら



名乗りを上げたのだという。



勿論、その場所が自殺の名所のすぐ近くだということも彼は知っていた。



しかし、彼にとっては人間より恐ろしいものは無いに等しく、霊というものに



対してもそれほど恐怖心を抱いていなかったから、その決断自体はそれほど



彼を悩ませるものではなかったという。



言い方を変えれば、彼はその場所で幽霊というものを見る事になるのを覚悟の上で



その家への移住を決めたのだという。



勿論、その場所には、その家の他にも何軒かの家が建っており、そしてそんな場所



でも、親戚家族は普通に生活していたのだという事も、彼の選択を後押しした。



その場所に住み始めて、最初に感じたのは、ごく普通に霊の姿を視るように



なったという事。



仕事で遅くなったり、深夜に目覚めて、窓を外を見たりすると、そこには必ず



誰かの姿を目撃する事が出来た。



男、そして女、お年寄りの姿もあった。



そして、それらの者達が、決して生きている人などではなく、既に死んでしまっている



霊なのだと分かるのにそれ程時間は必要としなかった。



それは道端に立っている事もあったし、橋の上に立っている事もあった。



そして、中には宙に浮かんでいるモノも確かに存在していたという。



だから、彼は移り住んですぐの頃は、出来るだけ早く帰宅し、そして夜に



外出など絶対にしないようにしていた。



しかし、良く観察していると、そんな状態であっても、周りの家々の人達はまるで



霊など気にもしていない様に普通に真夜中に帰宅したり、夜に外出している事に



気付いた。



そこで、彼は、少しずつ話すようになっていた近くに住む会社員に聞いてみた。



怖くないんですか?



もしかして、視えていないんですか?と。



すると、会社員の男性は、



そりゃ、視えてるに決まってるだろ?



そして、勿論、最初の頃はやはり怖かったよ・・・。



でもね、この場所で生活していると、霊達との共存っていうのかな・・・。



そういうものが理解できる様になったんだ・・・・。



この土地は自殺しに来る者が後を絶たない場所だけど、それだけに、元々



この土地に住んでいる人間の邪魔をしたり、怖がらせたりという事を彼らは



絶対にしないんだ・・・。



それどころか、小さく会釈してくれたり、決して邪魔にならないようにしている



のが良く分かるんだ・・・・。



でも、それをこの土地に住む誰もが知っているけれど決して口にはしない・・・。



それがお互いの暗黙の了解みたいなものになってるのかもしれないね!



そう教えてくれたという。



それを聞いてから、彼は霊というものをまじまじと観察するようになったが、



確かに、子供たちが通るときには、決して姿を見せなかったり、彼が夜中に



車で通りかかった時なども、霊達の中には、小さく会釈してくれるモノも



少なくなかったという。



それからは、霊という存在が、殆ど怖い対象ではなくなったという彼だが、



それでも、その土地に住み始めてから2回ほど怖い体験をしたのだという。



1回目は、彼がその土地に住み始めてからちょうど49日目の事だったという。



真夜中に何かの気配を感じ、彼はゆっくりと目を開けた。



すると、そこには部屋中に入りきらないほどの無数の人達が、無言のまま



順番に彼の顔を間近で見つめていたという。



彼自身は特に金縛りに遭っている訳でもなく体の自由は利いたし声も出せた。



それが逆に恐ろしかったという。



彼はそのまま手持無沙汰にモジモジしながら霊達が順番に彼の顔を覗きに来るのを



ひたすら耐えていたのだという。



そして、それは2時間以上も続き、朝方になると、そのままスーッと壁の中に



吸い込まれるように消えていった。



霊達の表情は決して恐ろしいものではなく、どこか穏やかな表情だったらしいが、



それでも真夜中の突然の訪問は、彼にとっては恐怖そのものだった。



しかし、どうやらそれもその土地に住む者にとっては避けて通れない儀式の様な



ものらしく、あくまで霊達は新しい人間の顔を覚えて挨拶し、一度憶えた人間には



決して驚かせたり怖がらせたりしない為の行為なのだと教えられたという。



そして、2回目は、お盆の時期、その土地に住む者達がいっせいに旅行に出かけた



かのように誰も居なくなった事があるのだという。



その日は、どうやら、危険な霊がその土地に来るという言い伝えがあったらしく



彼もその夜だけはその土地を離れる様にアドバイスされたのだが、そのまでその土地で



霊達による恐怖など体験した事が無かった彼は、何気にそのアドバイスに従わず



その日の夜もその家で過ごす事にしたのだという。



いつもは周りの家々からも幾つもの明かりが見えており、それがある意味



安心感にも繋がっていたのだが、その夜は本当にどの家も真っ暗な状態で



彼は、1人でその家で過ごす事にした事を後悔したという。



彼はやはり怖かったので、その夜は眠らずに部屋の電気を点けたままテレビを



視続ける事にした。



酒を飲んでおつまみを食べているうちに、恐怖心もかなり和らいでいたという。



異変が起こりだしたのは午前0時を回った頃。



何度か部屋の明かりが点滅するようになり、テレビにもノイズのようなものが



映り込むようになる。



しばらくすると、突然、部屋の明かりが消えた。



彼は慌てて明かりのスイッチを何度も入れ直すが、それでも明かりは何の反応も無い。



そして、その直後、テレビの画面が乱れ出し、画面に映る人の顔がまるで歪んだ



ような顔になってしまう。



恐ろしくなった彼はすぐにテレビを消したが、今度は突然、家のチャイムが



押される音がした。



ピーンポーン・・・ピポピホピポ・・・・・



せわしなく鳴らされるチャイム。



彼は恐る恐る窓から玄関の方を見ると、無数の人影が列をなして彼の玄関前に



立って、2階の窓から見つめる彼の方を睨んでいた。



その形相はいつも見慣れ親しんでいた霊達の顔とは全く違うものだったという。



すると、今度は家中の窓がガタガタと揺れだし、家の外壁も至る所でドンドンと



叩く音が聞こえだす。



そして、気付くと彼の耳には念仏の様なものが聞こえてくる。



そして、それに混じって聞こえる、



おいで~・・・・・おいで~・・・・・



という無数の声。



そして、いつしか、その声は家の中から聞こえている事に気付く。



彼は、頭の中がパニックになってしまい、うろうろするばかり・・・。



そして、ようやく窓から逃げ出そう!



そう決してして窓を見ると、そこには数人の顔と手が窓に張り付いていた。



彼はその瞬間、何も考えず、叫んだという。



助けてくれ・・・・助けてください・・・・・。



すると、窓の外や家の中から、



バシッ・・・・パシッ・・・・という音が聞こえ、それがしばらく続いた後、



何も聞こえず、そしてテレビも部屋の明かりも元通りに戻ったという。



彼は、一睡も出来ずに、朝までを過ごし、朝になってから家の外に出て



何処かの家の人が早く帰って来てくれるのをひたすら待っていたという。



そして、彼に色々と教えてくれている会社員がその場に戻って来ると、



彼は早口でその夜に起こった事を矢継ぎ早に話したという。



すると、会社員は、



ふ~ん、あんた、この家に残ったんだ?



それは怖い思いをしただろうな・・・・。



でも、あいつらも命までは取る事はしないからさ・・・・。



あっ、あいつらっていうのは、一年に一度、お盆の日にだけ、この土地に戻って



来れる霊達の事だよ・・・。



日頃、此処にいる霊達とは違って、ある意味危険な存在だから・・・。



でも、たぶん、いつも此処に居る霊達が無理をして助けてくれたんだと思うから。



ちゃんとお礼を言っておかないと!



そう言われ、彼は夜になるのを待って、霊達にお礼を言いに出た。



やはり少しは怖かったので、車に乗りながらのお礼まいりだったが、霊達は



穏やかな顔で、彼にうっすらと微笑みかけ、そして、こちらこそ、と言わんばかりに



小さく会釈してくれたという事だ。



彼は、それからもずっとその土地に住み続けている。



親戚が戻って来たとしても、彼はきっとその土地に住み続けることだろう。



何故なら、彼にとって霊は人間よりも親しい存在たと感じているから



に違いない。


Posted by 細田塗料株式会社 at 18:25│Comments(0)
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