2019年06月09日

炭焼き小屋

これは知人男性から聞いた話である。



彼の実家は山陰のとある地方都市であり、同じ県の田舎には祖父母が



住んでいたのだという。



祖父母が住んでいたのは、かなりの高地だったらしく、そこには全部で



30軒ほどの家が一つの村を形成していた。



彼は中学生の頃までは1年に2回ほど、祖父母の家に行っていたらしいが、



それ以後は全くその土地には行かなくなってしまったのだという。



そして、これから書くのがその理由になる。



彼の祖父母は、その土地で農業を営み畑で作物を作っては、自分達で消費する、



というような半ば自給自足の様な生活を送っていたそうだ。



お金が必要な時には、猟に出てウサギやタヌキなどの小動物を狩り、それを売って



金銭を得ていたのだという。



しかし、そもそもお金を使うお店も無かったので、お金が必要になる事も少なかった。



夏は家の戸や窓を開けておけば十分涼しかったし、冬は薪を用意しておけば



囲炉裏でしっかり暖を取れたという。



しかし、年に数回、祖父は家を離れてかなり奥深い山の中で数日を過ごしていた。



そこには炭焼き小屋があり、其処に泊まり込んでは炭焼きをして炭を持ち帰る。



そして、それはとても重要な事だったようだ。



やはり、その土地の生活では炭ほど便利な者は無かったようであり、年に数回は



集落の男が二人ひと組で炭焼き小屋に泊まり込んでは炭を焼き、数日間は



山を降りる事は無かったという。



そして、それは祖父が、まだ山の怖さというものを本当の意味で理解して



いなかった頃。



その年も、祖父が炭焼き小屋での作業をする番が回って来た。



しかし、いつも祖父とペアになって炭焼き小屋へ行っていた男が腰を痛めて



しまい、どうにも動けなくなっていた。



村の人達は、その事情を知って



それならば今回の炭焼きは中止にしようと決めたのだという。



しかし、怖い物など何もなく、血気盛んだった祖父は、



いや、俺一人で炭焼き小屋に行く事にする!



と言ってのけたという。



村人たちは皆が祖父を止めたらしいが、祖父は頑として譲らなかった。



どうやら、祖父にとっては炭焼き小屋に泊まり込んで番をする、というのは、



大した労働でもなく、夜には好きな酒を飲めるという骨休めみたいなものとしか



感じていなかったようだ。



それでも、村人たちは頑として祖父を説得した。



1人で行くのは危険だから・・・・。



昔からあの炭焼き小屋に行くのは二人一組が決まりだから・・・と。



しかし、どうして危険なのか?



どうして二人一組でなければいけないのか?



という事に関して誰も説明出来る者はいなかったという。



かくして祖父は村人たちが反対するのを押し切って、炭焼き小屋に行く事にした。



そして、数日間、山の中の炭焼き小屋で過ごせるだけの食料と酒を持って



祖父は1人で山の奥に在る炭焼き小屋へと向かったという。



季節は春だというのに、山の奥へと入っていくと、どんどん雪深くなっていく。



それでも何とか無事に山奥の炭焼き小屋に到着した祖父は、急いで原木を切りに



出掛けた。



原木の切り出しはいつもよりも順調に進んだ。



そして、夜になるまでにはかなりの量の原木の生木を用意出来た。



後は炭焼き用の窯に入れて蒸し焼きにするだけ・・・・。



窯の温度を高温に保ってさえいれば、後はそれほどするべき事も無かった。



だから、祖父は窯に火を入れると、すぐに酒と食い物を取り出して



1人で晩酌を始めたという。



異変が起きたのは、もう真夜中になった頃だった。



祖父が窯の前に陣取り、ウトウトしている時、誰かの足音で目が覚めた。



もしかしたら、村の誰かが祖父の事を心配して見に来てくれたのかも・・・・・。



そんな事を考えたが、そんな考えもすぐに祖父の中からは消えてしまった。



ペタッ・・・ペタッ・・・ペタッ・・・ペタッ・・・。



その足音はどう考えても裸足で歩いている音にしか聞こえなかった。



こんな寒い雪の上を裸足で歩く者なと村人にいるはずはなかった。



そして、雪の上だというのに、どうして、ペタッペタッという音を立てて歩けるのか?



祖父は目を凝らしてじっと足音が聞こえてくる森の中の暗闇を睨みつけていた。



しかし、どれだけ経っても足音の主は姿を現さない・・・。



そのうち、祖父は、



きっと、タヌキかキツネの足音なのだろう・・・・。



そう思う事にした。



そして、ホッとして体の力を抜くと、またしてもウトウトと眠たくなってしまう。



周りは一面の雪景色で寒かったが、炭焼き小屋の前に座って番をしていると、



とても暖かく、寒さなど微塵も感じなかった。



そして、祖父はそのまま眠りに落ちてしまったという。



そして、しばらくは眠りについていたらしいが、またしても何かの気配を感じて



祖父は眼を開けた。



心臓が止まりそうになった。



祖父の目の前には、小さな男の子が祖父の様子を窺うように顔を覗き込む



様にしていたという。



その顔に見覚えは無かった。



村の子供ならば祖父が知らない筈は無かった。



それに、こんな真夜中にこんな場所まで子供がやって来られる筈がない事は



祖父が一番よく分かっていた。



そして、何よりも不気味だったのはその男の子が、この寒さの中を薄着で立っており



まるで、上質な餌でも見るような眼で、嬉しそうに祖父の全身を舐めるように



見つめていたから。



誰だ、お前は?



どっから来たんだ?



祖父は、そう叫んだという。



すると、その男の子は、嬉しそうに笑いながら、



寝ないのか?



ずっと起きてるのか?



そう聞いてきたという。



何か得体の知れない不気味さを感じた祖父は、機転を利かして、



炭を焼く窯の番をしなくちゃならねえから、寝ないんだ!



だから、ずっと起きてるに決まってる!



そう返したという。



どうやら、寝るという事を知られてしまうと命が危なくなる、と本能的に



察したのだという。



その答えを聞くと、その男の子は何も言わずに振り返るとそのまま森の中へと



消えていった。



祖父はしばらく体の震えが止まらなかったという。



だから祖父はそのまま起きていようとしたらしいが、ついまたウトウトとしてしまうと



気が付いた時にはその男の子が目の前まで来ていた。



そして、同じ質問をされて、同じ返答を返した。



そんな事を何度も繰り返していたが、ようやく朝がやって来ると、その男の子は



姿を現さなくなった。



祖父は恐怖の為にすぐ、その山を降りようとしたらしいが、炭焼き小屋のそばから



離れると、すぐにその男の子が姿を現した。



結局、祖父は山を降りる事も出来ず、またしても夜を迎えてしまう。



昨夜の事があったから、祖父は持って来ていた狩猟用の銃を持ち、木を切る為の



大きな斧も、傍に置いて男の子がやってくる時に備えた。



その時にはようやく祖父にも理解できたという。



どうして、炭焼き小屋に泊まる時には二人一組でなければいけないのか?



という事が・・・・・。



そして、自分が村人たちの助言に耳を傾けず1人で此処にやって来た事を



心から後悔した。



しかし、それでも夜はどんどんと更けていく。



その夜は祖父は一滴も酒を飲まなかったという。



それどころか、眠くなるのを避ける為に、食糧すら何も口にしなかった。



実際、そうしていると、昨夜の恐怖も手伝ってか、祖父は全く眠たくなる



事が無かったという。



しかし、それでも夜明けごろ、祖父がついウトウトしてしまい、ハッと



目を開けるとやはり目の前に昨夜の男の子がいた。



しかも、その男の子の横には、母親らしき女も一緒になって、祖父の寝顔を



覗きこんでいた。



驚いて近くにあった銃を構える祖父に対してその親子は、



そんな物は何の役にも立たないから止めておけ・・・・。



ところで、何してるんだ?



そう聞いてきたという。



その時、既に朝日が昇り辺りが明るくなっていたらしく、そのせいで



祖父にも心に余裕が出来たのかもしれない。



何してるんだ?と聞かれた時、祖父はこう答えたという。



う~ん…口で説明するのは難しいな・・・・。



そうだ・・・何してるのか、を自分達の眼で見ればいいよ・・・・・と。



それを聞いた男の子と女は、無表情なままの顔で、祖父の手招きに応じて



炭焼き小屋に近づいてきた。



しめた!



そう思った祖父は、そのまま炭焼き小屋の生木を投げ入れる扉を開けて、中を



見るように促したという。



すると、男の子と女は、ゆっくりとその扉の前まで来ると、珍しそうに



中を覗き出した。



その時、祖父にはこんな言葉が聞こえたという。



焼いて食べるのも一興かも・・・・・。



いやいや、生で食べるのが一番だよ・・・・と。



その言葉を聞いた時、祖父は条件反射のように走りだすと、その二人に体当たり



したのだという。



すると、その二人は燃え盛る炭焼き小屋の中へ勢いよく転がった。



それと同時に、祖父は扉を閉めて、その場から銃と斧だけを持って



村へと走り出したという。



山を駆け下りる祖父の背後からは、ずっと、何かが叫ぶような声が



聞こえていたが、祖父が無事に村に辿り着いた頃には、その叫び声も



聞こえなくなっていた。



そして、村に帰った祖父はその時の恐怖を村人たちに語ったという。



そして、何人かの村人が数日後にその炭焼き小屋へ確認に行った時には、



炭焼き小屋の火はすっかり消えており、中には得体の知れない奇妙な



姿の生き物の死骸が2体、黒焦げになっていた。



それから、その村ではその炭焼き小屋を使うのを止めたそうで、それ以後は



特に怪異は発生しなかった。



しかし、祖父の孫である彼(俺の知人)がある年、その村を訪れた。



もうその頃には村もそれなりに近代化が進んでおり、誰ももう炭焼き小屋の事



など忘れてしまっていた。



しかし、その年の夏、祖父の家に遊びに来ていた彼が、地元の者だという男の子と



遊んでいるのを見た時、祖父は凍りつき、あの時の記憶が蘇った。



彼が一緒に遊んでいたのは紛れもなく、あの時の男の子に相違無かった。



どうして?



あの時、炭焼き小屋の中で灰になったのではないのか?



そんな事も考えたが、その男の子を迎えにきた母親の姿を見た時、祖父の



疑念は確信に変わった。



その母親もまた、紛れもなくあの時の女に違いなかったのだから。



そして、その親子は祖父に向かって、またしても餌でも見つけた様な不気味な



笑みを浮かべていたのだという。



そして、その日、彼は祖父の厳命により、両親とともに、すぐにその土地を



離れるように言われた。



そして、二度とこの土地には近づいてはいけない・・・。



と厳しく言い聞かされたという。



そして、その時からもう20年以上経つが、祖父と祖母の安否は不明なのだという。



電話も禁止されているから確かめようがないのだという。



ただ、彼がその親子に魅入られてしまったのだとしたら、それが祖父に出来る精一杯の



愛情だったのかもしれない。



そう思える話だった。


Posted by 細田塗料株式会社 at 18:36│Comments(0)
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