2019年06月09日

側溝

これは俺が体験した話である。



とても恥ずかしい話ではあるが、同時にとても怖い話でもある。



その日、俺は大学の寮からバイクを押して道路へと出た。



時刻はまだ薄暗い午前5時頃。



その日、俺は何故か早く目が覚めてしまい、また寝るというのも勿体なかった



ので、そのまま六甲山へと走りに行こうとしていた。



その当時、俺が乗っていたバイクは排気量1100ccの大型バイク。



マフラーにはヨシムラの集合管が装着されており、決して暴走族ではなかったが、



ある意味、暴走族よりもうるさいバイクに乗っていた。



いつもは勿論、寮の駐車場でそのままエンジンを掛けるのだがさすがにその時間帯では



気が引けた。



だから、俺はバイクのエンジンを掛けずに、バイクを押していき、出来るだけ



迷惑にならない場所まで行ってからバイクのエンジンを掛けようと思ったのだ。



寮から50メートルほど離れた所に本屋があった。



その駐車場でなら、きっと誰の迷惑にもならない、と思っていた。



当時の俺のバイクは、たぶん250kg以上の重量があったと思う。



それを50メートル押すという行為がどれほど大変なのか、その時初めて



知った。



汗をかきつつ、ようやく、目標の本屋の駐車場に到着した。



ここなら、周りに民家は無く、気兼ねせずにエンジンを掛けられる。



セルボタンを押すと、すぐにエンジンはかかった。



低い排気音がマフラーから放たれるとまだ明けきらぬ早朝の冷たい空気を



震わせる。



やはり、離れた場所までバイクを移動させたのは正解だった。



俺は閉まっている本屋の入り口横の自販機で缶コーヒーを買うと、熱いコーヒーを



口へと運ぶ。



体中にコーヒーが沁み渡り一気に目が覚めた様な気分になる。



缶コーヒーを飲み終わるまで、俺はしばし、エンジンがかかったままのバイクを



見つめた。



いつも見慣れたバイクも、こういうシチュエーションだとまるで違って見える。



缶コーヒーを飲み終える頃にはバイクのアイドリングはかなり安定してきた。



これならば、すぐにでも走りだせると思った。



飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱へと投げ入れ、俺はバイクにまたがった。



サイドスタンドを収納し、アクセルを何度か回し空ぶかしをする。



まさに、絶好調といった感じでバイクは吹けあがる。



ギアをローに入れてバイクを発進させる。



少し控え目な速度でバイクは道路へと向かう。



そして、車が来ていないのを確認すると、俺はそのまま道路へと出た。



1速・・・・2速・・・・そして3速・・・。



バイクはどんどん加速していく。



と、このとき俺は大切な事を思い出した。



それは財布を持って来ていないのではないか、という事。



六甲山を走り回っていると帰り道には必ず給油が必要になるのだが、肝心の財布が



無ければ給油も出来ずガス欠で止まってしまう。



俺は停まってサイドバックの中を確認する事にした。



ちょうど道の横に平たい草地が在るのを見つけた俺は、その場所にバイクを停めて



再びサイドスタンドを出した。



そして、バイクを左に傾けた。



通常なら、そこでバイクはサイドスタンドの為に傾斜が止まる筈だった。



勿論、俺もそう確信していた。



しかし、バイクの傾斜は全く止まらず、そのままどんどんと倒れていく。



そして、足で踏ん張ろうとした時、その理由が分かった。



その平たい草地に見えた場所は側溝の上を草が覆っているだけだった。



つまり、サイドスタンドを出していても、そこに地面が無いのだから、バイクが



そのまま倒れていくのは当たり前の事だった。



勿論、足が着かないと分かった時に自分の体だけでも逃げる事は可能だった。



しかし、その当時の俺にとってはそのバイクはまさに宝物だった。



自分の体を投げ出しても、バイクには傷をつけたくはなかった。



体に痛みが走ると同時に天と地が逆転する。



俺の体は、地面よりも低い所に吸い込まれていき、その上からバイクが圧し掛かって来た。



右足だけが宙に浮いたまま、どこをどう捻ったのか、左足はバイクと地面の間に



挟まれた状態のまま、俺とバイクの落下はそこで止まった。



何が起きたのか、最初は理解出来なかった。



どうして、草の下が空間になっていたのか?



そして、自分がその時、どこに落下したのか?



足からは鈍い痛みが伝わってくる。



俺は自分を落ち着かせようと、大きく深呼吸する。



そして、じっくりと自分が置かれた環境を見渡してみると、どうやら、そこは



道路脇にある側溝だという事が理解できた。



しかし、側溝とはいえ、その幅はかなり広く、そして自分の頭のかなり下を



水が流れていた事で、その側溝がかなり深いものだと分かった。



何とか脱出しようともがいてみたがすぐに止めた。



どうやら、俺の体とバイクはギリギリのバランスで停止しているようで、



少しでも動けば、そのままバイクの重量の全てが自分に圧し掛かって来る事は



明白だった。



そして、もしも、このままバイクと一緒に側溝の中に落ちたとしたら、とてもではないが、



250キロ以上の重さを支えられる訳もなく、俺の体はそのままバイクの下敷き



になって、側溝の底に落ちていくのだろう。



そうなったら、もう助からない・・・・。



そう思うと体は硬直し、ぴくりとも動かせなくなった。



俺は出来るだけ大きな声で助けを求めた。



しかし、俺の声は側溝の中に響くだけで、地上にはそれ程大きな声として



伝わっていない事が感じられた。



俺は、暗い側溝の中から唯一見える朝の暗い空を見ながら、考えた。



そして、考えた末の結論は、今自分がいる場所は朝7時になればかなりの



交通量になる。



そうすれば、きっと誰かが俺を見つけ、そして助けてくれるはず・・・。



そんな他力本願なものだった。



そうしているうちに、何かどんどんと気持ちが悪くなっていくのが分かった。



どうやら人間というものは、ずっと逆さまの状態でいると、頭に血が上り



気持ち悪くなるものだとその時初めて分かった。



バイクのエンジンは切れていた。



しかし、何処からか漏れ出したガソリンの臭いが俺の気持ち悪さを一層酷くしていく。



こんな状態で、あとどれだけの時間、待たなければいけないのか・・・・。



そう思うと、何だかどんどんと息苦しくなっていく。



その時、俺はある異変に気づいた。



側溝の中に何かがいる・・・・。



最初、それは猿か何かだと思った。



何しろ、2本の後ろ脚で座っているものの、両手はしっかりと側溝の底に着いていた。



それは最初、俺との間にかなりの距離を保ったまま、俺を観察していた。



しかし、しばらくすると、少しずつこちらに近づいてくる。



その時、それが人間の大人ほどの大きさがあるものだと初めて分かった。



ヒヒの様な姿をしたそれは、まさに化け物といった感じの様相であり、俺を



恐怖させるには十分だった。



俺はパニックになっていた。



どうして、こんなモノが、こんな所にいるんだ?



そして、近づいてきて俺に何をしようというのか?



考えれば考える程、脳が恐怖に浸食されていく。



叫び声を上げたくても恐怖で声が出ない。



俺は、出来るだけ回りを見ないようにして、体の自由が利く箇所を探った。



すると、右手だけがまだハンドルをしっかりと握っている事に気付いた。



だとしても何をどうすれば良いかなど全く思いつかない。



そして、再び、視線を周りに向けた時、俺はすぐ目の前に何かがいる事に



気付いた。



そして、もしも、そうだとしたら、それは先ほどのヒヒの姿をした化け物



しか考えられなかった。



凄まじい獣臭が俺の鼻に入って来る。



むせかえるような嫌な臭い・・・・・。



それと同時に大きな牙のようなものが俺の視界に入る。



食われる・・・・・。



俺は食われてしまうのか?



そう考えた時、無造作に俺はバイクのハンドルに付いているセルボタン



を押していた。



そして、これは本当に不思議なのだがどうやらギアはニュートラルに入っていた。



バイクのエンジンがかかる。



そして、俺は残った力で思いっきりアクセルを回して大きく空ぶかしした。



そこまでで俺はもう限界だった。



そのまま俺は意識を失い、気が付くと病院のベッドの上に寝かされていた。



体中が痛んだが、それでも生きている事に感動していた。



俺が意識を取り戻した事に気付いた看護師が医師を呼びに行き、俺は助けられた



経緯を説明された。



どうやら、俺が最後に行ったアクセルを空ぶかしするという行為。



それが、近隣の住民の耳についたらしく、苦情を言いに出てきた所、バイクと



共に側溝に落ちかかっている俺の姿を見つけすぐに救急車を呼んでくれたと



いうことだった。



大型バイクはなかなか持ちあがらず、消防隊員数名の尽力の末、俺はようやく



側溝から助けられたのだと聞かされた。



結局、俺はそのまま精密検査も兼ねて丸3日間入院させられ、退院してから



自分のバイクを見た驚愕した。



バイクは傷だらけだった。



しかし、その傷は側溝に落ちた時に付いたであろう傷とは別のものが多かった。



まるで、何か強い力で何度も叩かれた様にバイクのタンクは大きく凹み、そして



至る所に噛みついたような傷が出来ていた。



だから、俺はその時思った。



バイクが俺の身代りになってくれたのだ、と。



だから、それからは以前にも増してそのバイクを大切にするようになり、



結局、社会人になってからも当分の間はそのバイクに乗り続けた。



しかし、いまだに分からない事がある。



それは、側溝にいたソレは、一体何なのか、という事。



あれから、自分なりに色々と調べてみるのだが、どうしてもその正体が



判らずじまいだった。



いゃ、もしかしたら、知らない方が良いのかもしれない。



そういうものが世の中には沢山ある事は今の自分には十分理解出来るのだから。


Posted by 細田塗料株式会社 at 18:41│Comments(0)
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