2019年06月09日

劇団員

映画でも舞台でも、やはり役者さんの演技にはある意味圧倒される



部分がある。



コミカルな演技から殺人鬼まで・・・・。



そのどれもが、その役者さん本来の姿の様に見えてしまうのだから、演技



というのは本当に凄いものだと思ってしまう。



私の高校生の娘も演劇部で頑張っているのだが、いつものだらしないとしか



言えない姿からは想像も出来ないほど、舞台の時には、まるで自分の娘ではなく



どこかの役者さんを見ている気持ちになってしまう。



そして、これは俺の知人が体験した話である。



彼は俺の客先である会社に勤めながら、劇団に所属し1年に数回の舞台を



こなしている。



1度だけ舞台を観た事があるのだが、その時も日頃会社で見ている彼の姿とは



まるで違う鬼気迫る演技に圧倒された記憶がある。



だから、やはりプロの役者さんを目指しているのか?と問うと、彼は笑いながら



そんな大それた考えは今はもう微塵も持ち合わせていないと断言した。



それでも、舞台が近づいて来ると会社の仕事を早めに切り上げて夜遅くまで



稽古をしているようであり、そんな時には土日の休みも関係なく全て



舞台の稽古に費やす。



そして、自分達の舞台を見て貰う為に、チケットを苦労して売り、当日は



緊張の中、自分との闘いの中に身を置く。



舞台とは、きっと、それだけの価値と楽しさがあるものなのだろう。



そんな彼は過去に一度だけとても不思議な体験をしたのだという。



その時、彼は次の舞台で準主役といえる程の大切な役をもらっていた。



だからという訳ではないが、その舞台には特に力が入っていたという。



舞台稽古の日には、誰よりも遅くまで残って1人で台詞の練習をしていたという。



やはり自宅で一人、セリフの練習をしているのとは違い、舞台での練習はまるで



台詞が体の中に入って来るような感覚でとても貴重な時間だった。



そして、そのうち、彼は奇妙な事を感じ始める。



それは、自分の台詞と呼応するように、相手の女性の台詞がぼんやりとでは



あったが、彼の耳には聞こえるようになった。



最初は、囁き声のような小さな声だった。



しかし、練習を続けていると、やがて、その声はよりはっきりと聞こえるように



なっていった。



しかし、全員での舞台稽古の時にはその声は一切聞こえない。



確かに不思議ではあったが、その時の彼にはそれが誰の声なのかなど、



どうでもよい事だった。



その声と一緒に、1人で練習していると、まるで自分の演技が別人の様に



上手くなっていくのを感じたという。



そして、いつしか、その声はその舞台で1人で練習している時だけではなく、



自宅で練習している時、そして全員で舞台稽古をしている時にも、はっきりと



聞こえるようになっていった。



しかし、その声は他の共演者達には全く聞こえていないようだったが、



彼は、そうなっても全く気味悪くなど感じていなかったという。



それは、自分に演技の神様が降りてきてくれているのだと錯覚していたから



なのだという。



そして、これは自分にとってもチャンスであり、もしかしたらプロの役者への



道も開けるのではないか・・・・・。



そんな事さえ思っていたという。



しかし、一つだけ問題があった。



彼の演技は、その頃は相当な評価を得ていたらしく、誰もが彼の成長ぶりに



驚き、その才能を高く評価せざるを得なかった。



しかし、そのせいか、全員での舞台稽古の際、彼は共演者の女性の台詞が



何処からか聞こえてくる女性の声と比べて比較にならない程レベルが低い



事にいらだち、時にはその相手女性を酷い口調で罵ったという。



しかし、彼の演技自体は素晴らしかったので、彼にその事でクレームを



つける者などいる筈もなく、その劇団員たちは皆、ピリピリし雰囲気の中で



練習を続けることになった。



しかし、その緊張感事態は決して悪いものではなく、彼の気迫につられるように



他の演技者達の演技もどんどんと上達していき、何とか本番の日を迎えた。



その頃になると、彼はどんどんと痩せていき、まるで食事が食べられない



病人のような姿になっていた。



ただ、彼の役どころも、そんな感じだったから、周りの劇団員たちは、きっと



それは彼の役作りの一環なのだと妙に納得していたという。



そして、いよいよ本番がスタートした。



いつもより、かなりレベルの高い舞台に観客たちも圧倒された。



皆、役者達の演技に惹き込まれ、舞台から目が離せなかった。



他の劇団の関係者も、その場に居たらしく、彼らの演技、いや、特に彼の演技には



目を見張ったという。



しかし、観客たちは少しずつ、違和感を感じ始める。



劇の流れと関係無い台詞が、突然聞こえたり、舞台の小道具が突然倒れたりと



アクシデントが続いたのだから・・・・。



そして、いよいよ佳境に入ったところで、突然、大きな声で



お前じゃない・・・・お前じゃ駄目だ・・・。



という女の声が聞こえたという。



その声は観客だけてなく、彼ら劇団員全てに聞こえたという。



と、突然、会場の照明が全て消えた。



真っ暗になった会場に観客たちはざわめいた。



すると、突然、大きな音が聞こえ、それと同時に女性の悲鳴が聞こえた。



そして、それから10秒くらいすると、突然、照明が戻った。



明かりの戻った舞台には、大道具の下敷きになり流血している主役の女性と



彼の背中に張り付くようにおぶさっている女の姿があった。



最初は観客達も、それがきっと劇の演出なのだと思ってそのまま静かに見ていた。



しかし、突然、劇団員が舞台に入り、倒れている主役女性を助け起こし、



そのまま舞台の袖に消えていったのを見て、会場はざわつき始める。



それでも、彼は全く意に関せずといった様子で演技を続けており、そして



彼の背中には彼の2倍以上はあるような大きな女が背中に張り付いているのを



見て、観客達は悲鳴をあげて一斉に逃げ出したという。



結局、彼は誰も居なくなった会場で最後まで自分の演技を続けた。



他の劇団員が彼を止めようとしたが、何故か彼には近づけなかったという。



そして、彼の演技が全て終わったところで、彼はその場に倒れ込んだという。



急いで彼も病院に搬送されたが、かなり危険な状態だったという。



そして、病院での治療よりも、お寺での長いお祓いを受けた後、



彼はいつもの彼に戻ったという。



あれは演技の神様なんかじゃない・・・・。



あのままだと、きっと僕自身、死んでいたんだと思う。



だから、もうプロの役者になるのは諦めたんだ・・・。



だって、今でも僕には見えるから・・・・。



活躍している俳優や女優の背中に、大きな姿のあいつらが張り付いているのが・・・。



だから、もう、あんなのは御免だよ・・・。



そう言っていた。


Posted by 細田塗料株式会社 at 18:45│Comments(0)
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