2019年06月09日

母の帰宅

これは俺の幼馴染が体験した話。



その頃の彼は小学校の高学年くらいだったという。



彼の両親は、別居していた様で、彼は母親一人に育てられていた。



兄弟もおらず、家では母親との二人暮らし。



それていて、かなりの大きな家に住んでいたのだから、母親はかなりの



高収入だったのかもしれない。



彼の母親の顔というのを俺は1~2回しか見たことが無かった。



というのも、彼の母親というのは、仕事の内容は分からないが、毎日、



夜遅くにならないと帰宅しなかったからだ。



だから、俺達は彼の家を恰好の溜まり場として利用させて貰っていたが、



彼にしてみれば、休みの日以外は、全て1人で食事を済ます、という



のは、やはり辛かったのだろうと思う。



俺達と一緒に遊んでいる時は、うるさ過ぎる位に陽気な奴だったが、



ふと見せる寂しそうな顔は、子供の俺達にとっては、とても大人びて見えていた。



そして、その日も彼は、学校から帰ると、母親が用意してあった食事を



温めて1人で食べていたそうだ。



テレビを見ながら、いつものように1人で食べる夕飯は、美味しいとか



楽しいという感情は一切ないとても無機質なものだった。



そして、食べて食器を洗っていると、玄関のチャイムが鳴った。



彼は、急いで玄関に行くと、



はい?どちら様ですか?



と声をかけた。



すると、玄関の向こうから、



お母さんよ・・・・早く開けてちょうだい・・・・。



そんな声が聞こえてきた。



確かに、その声は母親のものだったが、彼にしてみれば、どうして自分で



玄関の鍵を開けて入って来ないのだろう?



と不思議に感じたという。



しかし、不思議に感じはしたが、少しでも早く母親の顔を見たかった彼は



何も疑うことなく、玄関の鍵を開けた。



すると、玄関の引き戸が開いて、そこには母親が立っていた。



朝出かける時に見た、服装のままの母親が・・・。



母親が、そんなに早く帰ってくるのは珍しかった。



いつもなら午後9時頃までは帰って来ないのに、その時の時刻はまだ



午後7時にもなっていなかったから。



だから、彼は内心とても嬉しかった。



だが、なんとなく、そんな気持ちを悟られるのが照れくさかった。



彼は、ぶっきらぼうに、おかえりなさい、と声を掛けて、再び



台所で食器を洗い始める。



いつも母親は、帰宅するとすぐに着替えをするのは分かっていた。



だから、彼もさっさと食器を洗い終えて、母親の所に行こうと思った。



もう、自分で調理するのも、食器を洗うのも、いつもの手慣れた



作業だったから、彼はさっさと洗い物を済ませると、居間に行こうと



振り返った。



心臓が止まりそうだった。



そこには、母親が着替えもせずに、ぼーっと突っ立って彼を見ていた。



彼は、



どうしたの?



着替えないの?



と声をかけた。



すると、母親は、その問いには答えず、ただ黙ってじーっと彼を見つめている。



彼は母親の様子がいつもとは違うと感じたという。



だから、彼は、



どうしたの?



何かあったの?



と聞いたという。



すると、母親は、暗い顔をして、



今から出掛けるから・・・・。



一緒に来てくれるよね?・・・・。



そう言われた。



しかし、その時、彼は何か違和感を感じたという。



いつも、彼の母親は、そんな言い方はしなかった。



今から出掛けるから、すぐに支度しなさい!



そんな風に命令口調で話すのが常だった。



それに、一日働いてきて、母親がそれから外出などした事は無かった。



いつも、疲れた・・・・疲れた・・・



という言葉を繰り返して、居間でゴロゴロするのがいつものパターン



だった。



だから、彼は聞いてみた。



出掛けるって、何処へ?



疲れてるんじゃないの?と。



すると、母親は、黙って彼の腕を掴んだという。



彼は固まった。



彼の腕を掴んだ母親の手は、夏だというのに、凍った様に冷たかったから。



そして、いつもは柔らかい母親の手が、その時は、固くゴツゴツしたものに



感じられたという。



彼は無意識に、母親の手を振りほどいた。



もう恐怖しかなかった。



そのまま茫然と立ち尽くす彼の腕を、再び母親の手が掴んだ。



ゴツゴツした冷たい手が彼の腕に食い込む。



それは恐ろしいほどの凄い力だった。



彼は、思わず、



痛いよ!痛いって!・・・・・離なしてよ!お母さん!



そう叫んだという。



しかし、母親は、少しも動揺せず、そのまま彼の体ごと引きずり始める。



彼は腕が、まるで何かに噛まれたかのように激痛が走っていた。



しかし、いっこうに彼の腕を引っ張る事を止めない母親に、明らかに



恐怖を感じていた。



これは母親ではない・・・・。



そんな確信があったという。



そして、玄関まで引きずられた彼は、必死に下駄箱に掴まって抵抗した。



このまま連れて行かれたら、もう戻っては来れない・・・・。



そんな気がしたという。



しかし、母親の力は信じられないほど強く、彼はあっさりと下駄箱から



引きはがされてしまう。



彼にはもう、掴まって抵抗する者は何も見つからなかった。



そのままズルズルと引きずられる様にして玄関の引き戸まで来ると、



彼は、その場で大声を出して誰かに助けを求めようとした。



しかし、何故か声は全く出なかった。



そして、声の代わりに彼の目からは大粒の涙がこぼれた。



もう、この家には戻れない・・・。



母親にももう会えない・・・・。



それが、悲しみとなって彼に押し寄せていた。



彼は、心の中で、必死に叫び続ける。



お母さん・・・助けて!



それが、彼に出来る精一杯の抵抗だった。



すると、その時、誰かが外を走ってくる音が聞こえた。



そして、その靴音はどんどんと近づいてくるのが分かった。



そして、その足音は彼の家の玄関前まで来ると、いっきに玄関の引き戸を



引き開けた。



○○!



大丈夫!



それは紛れも無く彼の母親の姿だった。



彼は、母親の姿を見て、思わず体の力が抜けたのか、その場でへたり込んで



しまった。



そして、つい、今まで、彼の腕を掴んでいたもう一人の母親の姿は既に



無く、階段を、誰かが上がっていく音が聞こえた。



彼は、すぐに母親に、その時、起こった事を話すと、母親はすぐに



警察に電話をかけた。



すぐに警察がやって来てくれて、その女がのぼっていったであろう2階を



くまなく探したが、そこに誰の姿も見つける事は出来なかった。



そんな事があってから、彼は、母親が帰宅するまで、近所の家で預かって



もらう事になった。



そして、それから、その、もう一人の母親の姿を見る事は無かったという。



そんな彼が、成人してから、母親にこんな事を聞いてみたという。



あの時、ガキだった俺の言う事をよく信じてくれたよね?と。



すると、母親は、少しだけため息をついて、



今まで言わなかったけどね。



あの時、私も見たんだよ。



自分とそっくりな女の姿を・・・。



だから、子供のウソだとは思わなかったんだよ。



そう言われたという。



彼にしても、それは子供時代の幻の様に感じていたらしいが、母親も見た、



という話を聞いて、改めて背筋が凍る思いをしたという事だ。


Posted by 細田塗料株式会社 at 18:52│Comments(0)
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