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2019年06月09日

高校生の時、事故に遭った

これは俺が体験した話である。



高校時代は自転車通学をしていた。



実はかなりの距離があった為、最初は何度かバス通学を試みた。



しかし、バス通学の場合、渋滞に巻き込まれることが多く、かなり早めに



自宅を出る必要があった。



そして、一番耐えられなかったのは、バスの中の異様な混み具合だった。



乗継ぎ地点までのバスはそうでもなかったが、乗り継いでからのバスの中は



複数の高校生が入り乱れ、それこそ体が全く動かせなかった。



しかも、バスの中では頻繁に高校生同士の喧嘩まで起こっていたから、俺は



早々にバス通学を諦めて自転車での通学を選んだ。



自転車で通学するようになると、帰り道に色んな遊び場にも寄る事が出来たし、



いつもは行かないような場所にも友達と行くようになった。



だから、自転車通学に切り替えた事を俺は心から良かったと思えた。



ただ、雨の日だけは別だった。



本来なら雨の日はバス通学をするのが当然なのかもしれないが一度自転車通学の



楽さを知ってしまった俺には、もうバスで通学する気など微塵も無かった。



だから、雨の日は片手で傘をさしながら自転車を漕いだ。



その頃は普通に考えれば分かる様な事に無頓着だった。



傘をさした状態で自転車に乗るなど言語道断なのは今の日本ならば当り前。



しかも、黒い傘を持ったまま自転車に乗るなど自殺行為としか思えないのだが、



その頃には、そんな事にまで気が回らなかった。



透明な傘という選択も無かった訳ではないのだが、その頃には何故か透明の傘が



格好悪く見えていた俺は、迷うことなく黒い傘をさして自転車に乗っていた。



それでも、事故を起こして加害者にも被害者にもなっていなかったのは、



ある意味、奇跡と言えるのかもしれないが・・・・。



そんなある日の朝、俺はいつものように高校へと自転車で向かった。



朝からポツポツと雨が降っていたが、風は強くなったので俺に気にせず、



そのまま傘をさしていつものように自転車を漕いだ。



いつもの道をいつものように自転車で走った。



時折、雨が強くなったが、しばらく雨宿りをしているとすぐに雨は弱くなったから



また、俺はせっせと自転車のペダルを漕ぎ続ける。



そして、俺はいつもの坂道の上へとやって来た。



その坂道は帰りには酷いのぼりになるが、行きは長い下り坂になり、自転車を



漕いでいなくてもかなりのスピードが出せる坂道だった。



そこを颯爽と自転車で下る時の爽快さは言葉では説明できない程気持のよい



ものだった。



勿論、雨の日にその坂道を下るのは初めてではなかった。



だから俺は特に身構える事もなく、そのまま自転車で坂道を下り始めた。



傘をさしながらギリギリの角度で視界を確保する。



それは、ある意味、俺にとってはいつも通りの行動だった。



自転車はどんどんと速度をあげていく。



と、その時、突然、雨が一気に強くなった。



まるで横殴りの雨といった表現がピッタリくる様な強い雨だった。



俺は学生服を濡らさないように、傘を前方へと降ろす。



正直、前方の視界は皆無だったが、さほど怖さは感じなかった。



というよりも、せっかくの坂道でブレーキをかけるのが勿体なかったというのが



本音だったかもしれない。



俺が乗る自転車はどんどんとスピードを上げていき坂道が終わる頃には相当な



スピードになっていたのだと思う。



グシャッ・・・・・。



突然、嫌な音が耳に飛び込んできた。



そして、次に俺の体に鈍い衝撃が走る。



うっ・・・・痛っ・・・・・。



そう感じた次の瞬間、俺の体は宙を舞っていた。



何かにぶつかった・・・・。



それは理解できたが、それ以上、何も考える余裕は無かった。



かなりの滞空時間だったのだと思う。



俺はそのまま地面に叩きつけられた。



咄嗟に受け身を取ったつもりだったが、その時俺は自分の骨が折れる音を



初めて聞いた。



痛いというよりも全身が痺れて麻痺している感覚だった。



地面に顔と胸を酷く打ちつけた俺は、自分の周りに血が流れていないか、と



焦って確認する。



しかし、雨で所々に水溜りが出来ているだけで、血の様な赤いものは一切



確認できなかった。



死ぬ事はないのかも・・・・・。



そう思うと今度は自分がいったい何にぶつかったのかが妙に気になった。



感触からすれば車、しかも、停止している車にぶつかったと考えるのが



理にかなっていた。



走っている車に追いつける程のスピードでは無かったし、もしもそうなら、



宙に舞うほどの衝撃はないのだろう。



そして、逆に対向車とぶつかったとすれば、こんな程度では済まない。



そして、前方から突っ込んでくる自転車を見れば、クラクションを



鳴らすのが普通だろう。



だとしたら、停止している車にぶつかってしまった俺は、車の修理代を



請求されるのかもしれない。



そう考えると、やはりぶつかったのが、高級車なのか、それとも普通の



乗用車なのか、がとても気になってしまう。



俺は痺れる体をなんとか曲げる様にして後方を確認した。



すると、其処には見た事もない程古い車が停止していた。



黒塗りの古いセダン。



車には興味があったから大体の車なら一目見るだけで車種を言い当てる自信が



あった。



しかし、その時、俺が見た車は、明らかに俺の知っている類の車ではなかった。



まるで昭和初期を思わせるような古い外観。



バンパーなど付いていない、いかにも鉄の塊といった造形。



あんな車にぶつかったのか・・・・。



よく、まあ、これくらいの怪我で済んだな・・・・。



そう思ったのをはっきりと覚えている。



そして、次に俺が考えたのは、自転車で事故を起こしたのだから、間違いなく



親に怒られる、という恐怖だった。



だから、その現実から逃避しようとしたのかもしれない。



俺は雨が降りしきる中、痺れた手足で地面を少しずつ這いながら、その車から



遠ざかろうとしていた。



幸か不幸か、その車のドライバーはまだ車の外へは出てきてはいなかったから。



必死になって俺はアスファルトの地面をまるでほふく前進でもするかの様に



少しずつだが進んだ。



何とか、車から逃げられれば、自転車の単独事故として、両親からの厳しい



叱責は免れる事が出来るかもしれない。



その思いだけで・・・・。



しかし、やはり怪我の程度は俺が考える程軽いものではなかったらしい。



俺は必死に手だけでアスファルトを掴んでいたが、そのうちに突然意識を



失った。



気が付いた時、俺は病院のベッドに寝かされていた。



意識が戻った俺を見て、看護師が慌てて医師を呼びに行ったのが分かった。



結局、俺の体は両足の骨折と肋骨が数本折れているという状態だった。



ただ、それ以外は内臓の損傷も無く、重篤な状態ではなかった。



それなのに、俺が目覚めたのは、あの日から10日以上経過した日曜日だった。



しかし、驚いたのはそれだけではなかった。



俺が見つかったのは、川の縁だったという。



その川の水に、顔が半分浸かった状態で見つかったのだと教えられた。



ただ、俺の自転車は、俺の記憶通りにあの坂道の下で、何かに押しつぶされた



状態で見つかったが、最初はそれが自転車だとは誰も気付かない程の酷い


潰れ方だったという。



そして、俺の話を聞いた両親が警察に事故の届けを出し、警察がその事故現場



を調べたらしいが、其処には事故の痕跡を証明する様な物は何一つ



見つからなかったし、ちょうどその時間帯にすぐ近くで農作業をしていた


数人の男女も、そんな事故のような音は一切聞いていないと


証言した。


もしも、それが本当だとしたら、俺はいったい何処で何とぶつかったというのか?



そして、もうひとつ俺がその後知った事がある。



それは、俺がその車と事故を起こした、ちょうどその日に、遠い親戚で俺が



幼い頃、俺を養子として貰いたがっていた男性が亡くなったという事。



亡くなった時にはかなりの高齢だったその男性は、若い時にはまだ日本には珍しかった



車という乗り物に、大金をはたいて無理をして乗っていたらしい。



全ての話を俺から聞いた父がこう言った。



もしかしたら、お前の事を一緒に連れて行こうとしていたのかもしれないな、と。



それを聞いて俺は思わず背筋が寒くなったのをよく覚えている。


Posted by 細田塗料株式会社 at 19:08│Comments(0)
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