2019年07月07日

安らかな死

彼女と知り合ったのはボランティア活動をしている知人の紹介だった。

その時の年齢は26歳。

俺が書いているブログのファンであり、どうしても一度会ってみたいという

話を聞いた俺は、すぐに即答でOKした。

元々、ブログを書いているだけで人より何かが優れている訳でもなく、そんな奴が

ファンだという方に会ってがっかりさせることはしたくない。

だから、いつもなら、丁重にお断りをしているのだが・・・・。

ただ、その時は事情が違った。

実は彼女は重い病気を患っており、生まれてからずっと家と病院しか知らないのだと

聞いた。

しかも、病気のせいで成長も遅くなり、ここ数年は喋る事すら侭ならない。

家にいる時も医療器具に囲まれ、体中に喉の痰や排泄物を取りだす為の穴も

開いている。

1日のうち、ほとんどを人工呼吸器の助けを借りて過ごす。

出来るだけ部屋の中だけでも動くようにしていたそうだが、最近ではそれも

出来なくなり寝たきりの時間が多くなっていた。

そんな彼女が俺に会いたいのだという。

もしも、それが俺に出来る唯一の事ならば、どんなに忙しくても、最優先で

彼女に会いに行かなければ、と思った。

その時、彼女は病院にいた。

知人と一緒に病室に入り、俺を紹介された時の彼女の嬉しそうな顔が今でも

脳裏に焼き付いている。

はじめまして!

と挨拶をする俺に彼女は心からの笑顔で応えてくれた。

そして、俺は驚かされた。

俺が喋り、そして彼女が筆談で返してくれる。

正直なところ、とても26歳には見えなかった。

もっと幼くそして、とても細い腕が痛々しくさえ感じられた。

しかし、その屈託の無い笑顔や元気なしぐさは、俺なんかよりもはるかに

生き生きとして見えた。

あまり、長居するのも彼女の体に障るのでは、と思い30分ほどで病室を

後にした。

そして、帰る際、

御迷惑でなければ、また来てくださいませんか?

今度は、Aさんも連れて来てくれると嬉しいです!

と書いたノートを俺に見せた彼女のキラキラとした瞳が忘れられない。

しかし、俺には彼女の元にAさんを連れていく事など出来る筈も無かった。

きっとAさんならば、彼女の事を話せば、会ってくれるのは間違いない。

しかし、そうなると、俺がAさんの事をブログに書き、そしてそれを

出版までしている事が完全にバレテしまう。

思い病気で苦しんでいる彼女に対して、ブログには一切触れず、Aさんを

ただの見舞客の一人として振る舞って欲しいなどと頼める筈も無かったから。

だから、俺はそれからなんとなく彼女のお見舞いに行くのを心のどこかで

避けていたのかもしれない。

そんな時、知人から知らせが来た。

彼女が延命治療を拒否したという事を・・・・。

やはり、彼女の命を維持する為にはかなり高額な医療費がかかり、そしてそこから

回復する見込みはゼロだった。

きっと彼女の事だから、自分の為に親がお金を苦労して捻出し続けている事が

申し訳なくなってしまい、その苦労から家族を解放してあげたいと思ったのは

容易に想像できた。

そして、やはり生命を維持しているとはいえ、彼女の生活には俺などには

想像も出来ない程の苦痛が伴っていたのだろう・・・。

そこから自分を解放し楽になりたいと思ったとしてもそれは誰にも

責められるものではなかった。

それを知った俺は知人と連れ添って彼女の病院へとお見舞いに行った。

すると、彼女は自宅に戻ったと教えられた。

自宅で家族が見守る中で旅立っていきたい・・・・。

それが彼女の最後の希望だったのだと教えてもらった。

だから、俺達は急いで彼女の家へと向かった。

初めて訪れる彼女の家は、お世辞にも綺麗だとは言えないような古い家だったが、

それだけに、全てのお金を彼女の生命維持の為に費やしてきたのがよく分かった。

ご両親に挨拶すると、笑顔で彼女の部屋へと案内してくれた。

しかし、その時から俺には何か普通ではない空気が感じられたのも事実だった。

部屋に入ると、其処には病院と比べても遜色がない程の医療機器に囲まれた

様子に驚かされた。

そして、其処に置かれたベッドに横たわる彼女にも・・・・。

それは、以前、お見舞いに行った時に見た彼女とは別人に見えた。

痛みで苦しみながら、時折、顔を持ち上げて回りに暴言をまき散らす。

そして、またベッドの上でのたうち回る。

その顔は、まるで老婆の様に年老いて見えた。

これほどまでに短期間で人の顔が変わってしまうなんて・・・・。

唖然としている俺に、背後からご両親がこう話してくれた。

本来なら痛み止めの薬も以前より強くなっていますから、痛みは軽くなっている

筈なんですけど・・・・。

もしかしたら、命を終わらせるという決断をして精神が高ぶっているのかも

しれません・・・・。

出来る事なら私達が代わってあげたいくらいですから、あの子にどんな酷い

言葉を投げかけられても、それは全て私達の大切な宝物になります・・・と。

俺には彼女が、俺が一体誰なのかも判断出来てないのだと感じた。

だから、これ以上、彼女に負担をかけない為にも、すぐにこの部屋から

出なければ・・・。

そう思った。

そして、俺が立ちあがったとき、彼女の顔が一瞬だけ以前の顔に戻ったような

気がした。

そして、ノートに走り書きをした彼女は、俺にそれを見せて、更にそのボールペンを

俺に手渡してきた。

ノートにはこう書かれていた。

助けて、こんな終わり方はいや、Aさんにわたして。

俺は最初、意味が分からなかったが、彼女が又すぐに先ほどまでのように

暴れ出したのを見て、これは俺なんかには対処できないものなのだと

その時初めて確信した。

俺は彼女の家を出ると、急いでAさんに電話をかけた。

相変わらず面倒くさそうな声で電話に出たAさんだったが、俺の様子がいつもとは

違う事に気付き、

すぐに行きますから・・・・。

と言って電話が切れた。

待ち合わせの喫茶店に入り、席に座ると、間髪を入れずにAさんも店に

入って来た。

俺はコーヒー、Aさんはケーキセットを二つ頼んで本題に入った。

俺は彼女と知り合った成り行きは話さなかったが、それ以外の事は全て

話した。

ふーん・・・・と言いながら聞いていたAさんだったが、俺が彼女から渡された

ボールペンをAさんへと手渡すと一気にAさんの顔が変わった。

Kさんは何も感じませんでしたか?

彼女の家で・・・・。

そう言われて俺は、

確かに家の中、特に彼女の部屋の中は異様なくらいの寒さや空気の重たさ

を感じたけどね・・・。

と返すと、Aさんは急に怒りだした。

どうして、そう感じた時点ですぐに電話して来ないんですか?

その女性は短い人生を必死に生きてきて、そして自分の最後も決めたんです。

人生は決して長さが大切ではありませんけど、その女性には最後の時間は

家族と一緒に穏やかに過ごして、しっかりとお別れを言ってから旅立つ

権利があるんです!

その女性がどうして私にそのボールペンを渡して欲しいと思ったのかは

分かりませんが、これは明らかに彼女からのSOSなんですよ!

ボールペンからは、明らかに悪霊の気が感じられます。

つまり、彼女は今、悪い霊にとり憑かれてしまっています!

病院で憑いてきたのか、は分かりませんが、彼女の選んだ死という決意を

嘲笑い罵るかのように、苦しみと傷みを与え、弄んでいます。

今、この時も!

そんな事を見過ごせるはずがありません!

私が一番嫌いな事を、その悪霊は行っています!

それなら、私は私に出来る事をして彼女を護るだけですね!

そう言うとAさんは、まだ運ばれてきたばかりのケーキセットには手もつけず、

席を立って、そのまま店を出ていく。

俺は慌てて、会計を済ませて、店の外に出ると、そこには自分の車に乗った

Aさんが待機している。

あの…私、その女性の家・・・・知らないんですけど?

勿論、Kさんが案内してくれるんですよね?

そう言われ、俺は大きく頷いた。

そして、Aさんの運転で彼女の家へと向かった。

彼女の家の近くに車を停めて、俺達は歩いて家へと向かった。

そして、家の前まで来ると、Aさんが真剣な顔で、

悪霊が1体だけかと思ったら・・・3体も・・・・。

寄ってたかって弱い者を苦しめやがって・・・。

あいつら、絶対に許さない!

あっ、Kさん。

少しずつ静かに離れていってください・・・。

一瞬で終わらせますから・・・。

そう言うと、Aさんは大きな水晶を取りだすと、それを両手で包みこみ、

次の瞬間、それを持ち上げて彼女の家の方へとかざす。

眩しい光が辺りを包みこんだが、どうやら他の人には見えていないようだ。

そして、家の中から逃げ出す黒いものが中へと飛び出す。

しかし、次の瞬間、まるで燃え尽きる様にして一瞬で消えた。

茫然としている俺に、Aさんが言った。

何してるんですか?

もう終わりました・・・。

それじゃ、その女性に会いに行くとしますかね・・・・・と。

彼女の部屋へ入ると、以前の明るい表情の彼女が笑っていた。

もう痛みに歪んだ顔は何処にも無かった。

そして、Aさんを見ると、それがすぐに本人だと分かったのか、あり得ない程の

満面の笑みがこぼれた。

それから、彼女はAさんが喋り、彼女が筆談するという二人だけの会話の時間が

流れたが、彼女はブログの事もAさんの能力の事も一切知らないフリを続けて

くれた。

そして、1時間ほどが過ぎた頃、俺達が帰ろうとすると彼女が俺達に握手を

求め手を伸ばしてきた。

俺もAさんも、彼女の手をしっかりと握り返したが、その小さな手は誰よりも

暖かく感じた。

そして、帰り際、Aさんがこう話してくれた。

少しでも彼女が楽になるように私の気を分け与えてきました。

そして、ついでに強力な結界も・・・・。

これで、彼女はきっと安らかなお別れが出来ると思います。

そう言ったAさんの顔はとても悲しそうに見えた。

そして、それから1週間後、彼女が安らかに旅立ったと教えられた。

その死に顔はとても幸せそうに笑っていたそうだ。

彼女の選んだ死という決断は決して自殺ではないそうだ。

だから、無事にあの世に行って転生出来るだろう、とAさんが教えてくれた。

もしかしたら、彼女が選んだ選択に異論を唱える人もいるのかもしれない。

しかし、俺と個人的に、

彼女が生きた短い人生を讃えると共に敬意をもって彼女の決断を尊重したい。

彼女は精一杯生きたのたから・・・・。


Posted by 細田塗料株式会社 at 19:51│Comments(0)
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