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2016年01月09日

自殺死体と出会った話

サインディスプレイ部  営業のKです。

昨夜は、やはり、朝の4時まで飲んでました。

しかも、盛り上がり過ぎて、ウオッカまで飲まされて(泣)

二日酔いですね。

頭痛いです。

でも、怖い話は、勿論、いきます!

それでは、いってみましょう!



今から、20年位前の事である。

俺の担当する個人事業主の方が小松市から七尾市に引越しした。

何故?という思いもあったが、実際、それなりの悪い噂もあったので、なかなか聞き出すことは

出来なかった。

しかし、七尾市に移ってからも、仕事的には順調であり、良いお得意様としてお付き合いさせて

貰っていた。

そんなある日、社長の奥さんから電話が会った。

夫が行方不明になった、と。

その為、支払い等も、出来ない状態である、と。

俺も忙しく、なかなか七尾市まで行く機会が無く、実際に行けたのは、それから2ヶ月以上経過

した8月の暑い日だった。

俺の前では、いつも明るく豪快な人間に見えた社長にも、実際には他人に言えない様な悩みが

あったのか、という後悔から立ち直れない状態だったが、それでも、奥さんの話でも聞いてあげて

少しでも慰めになれば、というのが本音だった。

そして、いつもの駐車場に車を停めて、さあ、車から降りようとした矢先、失踪している筈の

社長が目の前を横切っていく。

こちらにも気付いているようで、軽く会釈をしてくれたように見えた。

良かった。戻られたんだ。

そう思い、急いで、入り口の引き戸を開ける。

そこには、奥さんがいつも通り、疲れきった顔で椅子に腰掛けていた。

何か変だな?嬉しくないのかな?と

奥さんに話しかける。

社長、戻られたんですね。良かったです!

そういう俺を不思議な顔で怪訝そうに見つめる奥さん。

そこで、先程、社長を見たこと。

そして、そのまま入り口から入っていった事。

を奥さんに話すと、奥さんは驚いた顔をしながらも、

私はずっと此処にいたけど、誰も入ってきていないしねぇ。

見間違いじゃないの?

そう言われてしまった。

そして、奥さんとその後の社長に関する手掛かりとか警察の見解とかを聞いていると、突然、

屋根の方から何かがドンと落ちる音がした。

そして冗談で、もしかして、社長さん、屋根裏に隠れてたりしてね(笑)

そんな事を話しながら、2階に上がり、屋根裏に登れる場所を探す。

そして2階の使用していない部屋の押入れの中に、屋根裏部屋に登れそうな場所を発見。

そして、懐中電灯片手に、塞いでいる板を外した。

何かフルーツの様な甘い香りがした。

もしかしたら?と思った。

今思えば、そこで止めておけば良かったのだが。

見てしまった。

屋根の上部から吊るされた縄とそれに引っ掛かっている黒い物体。

そして、そこから、長いものが垂れ、そして、その下には何かが落ちている。

一瞬照らした懐中電灯の明かりで全てが理解出来た。

行方不明になっていた社長は、やはり、自殺していた。

自宅の屋根裏部屋で。

その後の警察の調べては、死後3週間くらい経過しているとの事だったので、

行方が分からなくなって、すぐに首を吊ったようである。

ただ、夏の暑さで、その体はかなり腐敗が進み、最初は、その自殺死体自体が

一体何なのか、分からなかったほどである。

首が長く伸びるのは、よく聞くが、あれほど伸びた首というのも初めて見た。

そして、その下には、液体が溜まり、沈殿し、盛り上がっている。

また、何故か、どこからか、風が入ってきているのか、その体は

ゆらゆらと揺れていた。

早くなる心臓の鼓動を感じつつ、俺は蓋を閉めて奥さんに告げた。

警察・・・呼んで貰えますか?

それから、第一発見者として色々聞かれ、立ち会わされ、散々な目にあった。

どうやら、社長さんは悩みぬいた末、自宅の屋根裏部屋で首を吊って自殺。

そして、夏の暑さで腐乱してしまい、ちょうど俺が尋ねてきたタイミングで縄に掛かっていた顔以外の部分が

全て、ずり落ちてしまったという事だ。

自殺体を見たのは過去にも2度あるが、あれほど、異様に首が伸び腐乱した状態は初めてだった。

それに、発見した日、俺は間違いなく、その社長を見ていた。

しかも、真昼間に、である。

やはり、早く誰かに見つけて欲しかったのだろうか?

今でも暑い夏の日には、無意識に思い出してしまう話である。

社長のご冥福をお祈りしたのは言うまでもない。

この事件は本当に実在した。





Posted by 細田塗料株式会社 at 12:56│Comments(1)
この記事へのコメント
営業のKさん

我が母の幼少期は戦時中。
家族は皆銭湯へと出向いた、夏の蒸し暑い疎開地の夕暮れ時、結核を患っていた父親の・・・第一発見者として、その光景を見たと語ります。
母と一緒に参る墓場は土葬の様相を残し、その墓石には名も刻まれておらず、私には、そんな時代もあったと言う事を思い起こす切っ掛けの場所です。

しかしKさん・・・その瞳にうつる悲喜交々、どんな因果があるのでしょうか。
くれぐれもご自愛下さい。
Posted by 中西 at 2017年05月22日 20:46
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